多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→迷探偵は死して名泥棒に助けられる1-3




 雪夜をおいて部屋を出ると、月乃は長い廊下を歩きながら、
「……俺、いつも通り出来てたか?」
「ええ、大丈夫です。極めて普通でしたよ」
「そうか」
 先ほど雪夜と居た時の、弟としての仮面はもう取り去っていた。彼が浮かべるのは
ただただ怒りの表情。
「あいつ……本当に死んでるんだろうか」
 突然パンと手を打ち合わせて月乃は、隼人を振り返った。
「そうだよ! もしかしたら生き霊とかってのは?」
 隼人は立ち止まって一呼吸置くと、言いにくそうに、
「残念ながらそれはありえないでしょう……。今雪夜様がまとっておられるオーラは、
この世のものではありません。完全に肉体から切り離されています」
「……」
 月乃は唇をかんでうつむいた。「どうにか……できねーのかよ……」
「人には、それぞれ定められた天命というものがあり、それは決して曲げられることの出来ない
ものです。――ただ、幸いなのは、雪夜様が死の瞬間を覚えておられないということです」
 自室のドアに手をかけて、隼人は月乃へ振り向くと、
「世間で言う『自然死』でない死に方をすれば、死の瞬間の苦痛がその人間をこの世に
引き留めることがあります。誰かに殺されたのであればうらみもあいまってなおさらです。
――それが性格なのか、何であるかは分かりかねますが、少なくとも雪夜様が死に
伴う苦痛・恐怖を覚えておられなかったのは、不幸中の幸いです」
 月乃へ椅子をすすめて自分も一つに腰掛けると、隼人は懐から形代を一つ取り出した。
「今はこれで落ち着いていますが、いつまでもというわけにはいきません。いずれ
しかるべき場所へ雪夜様は赴かねばなりません。おつらいこととは思いますが」
 そこで隼人は黙った。月乃の表情にある決意を読み取ったからだ。
 しばらく月乃は黙っていたが、やがて言葉を選びながらも話し始めた。
「……お前は、反対するかもしんねーけど……俺、雪夜をあんな目にあわせた犯人に
復讐してやりてぇ。……殺人犯は法廷に引きずり出すなんてきれいごと言えねーよ。
身内殺されて法の裁きを待つなんて平然と言える奴は、頭の回線ぶっちぎれてるだけだ。
……何だったらこいつを俺の最後の舞台にしてもいい。ぜってー犯人に思い知らす!」
 隼人は小さくため息をついて、
「それがあなたの意志であるならば、俺は止めません。ただ、これだけは誓って下さいよ。
あなたは何があっても死なないと。誰もいない家で墓守りとして暮らすのはいやですよ」
と言った。
 思い詰めた表情をしていた月乃は驚いたように隼人をまじまじと見たが、ニッと笑うと、
「ばーか、俺がもし死んだら幽霊になって戻ってきてやるよ。そんで、世界初の幽霊
怪盗になってどんどん仕事しまくってやる」
「強欲は、あの世で嫌われるといいますからねぇ」
 笑い飛ばして立ち上がると隼人は、部屋に置いているカップにコーヒーをいれて、
ふくれつらをしている月乃に手渡してやった。
「この話は雪夜様には内緒にしておきましょう。これまでどおり推理は続けてもらうとして。
だますようで気が引けますが」
「ああ、何にせよ犯人がわからねーとどうしようもねーからな。じゃ、この話はここまでだ。
――ところで、今夜のことだけど」
「中止になさるので?」
「いや、予告状はもう出しちまってる。身内に不幸が起きましたから中止にしますって
ワケにいかねーだろ」
「それもそうで」
 隼人はため息と共に肩をすくめた。
「今朝下見に行く予定だったのが雪夜のことで狂ったからな。ぶっつけ本番てコトに
なっちまうけど」
 空になったカップをサンキュ、と返して立ち上がる。隼人は立ち上がらず、目線だけを
こちらに向けた。
「さして問題はないかと。事前の調べは一応行っておりますし、逃走経路としても五通り
方法がございます。あとは警察がどの程度こちらを読んでいるかですね」
「雪夜に推理させりゃーまず外れないんだけどな。犯罪の片棒かつがすワケにも
いかねーだろ」
「俺を巻き込んだ人のセリフとも思えませんね」
 月乃はべえ、と舌を出してみせると、
「ヤなこと思い出させてくれるねぇ」
と言ってドアをばたんと閉めた。


 松江を訪れた観光客がフラリと城下町の情緒を求めて散歩したくなるような、そんな
月の輝く夜。
 彼らはえてして、「もう一度訪れたくなるロマンの町」とフレーズのつく理由を知ることに
なる。
 本当に時を飛び越え、かつての時代に戻ってしまったかと思わせる、「義賊」の出現する
空間。
「こらーっ、待たんか! ネズミ小僧もどきが!」
「警部! いつも言ってますけどね、俺にはダークスターって名前があるんですから。
それにルパンもどきぐらい言ってくださいよー。ネズミ小僧は古いですよ」
「やかましい!」
 足取りも軽く民家の屋根を走りながら、ダークスターこと月乃は、その下の狭い路地を
走るパトカーに向かって叫び返した。パトカーから身を乗り出して警棒を振り回しつつ
真っ赤になってどなっているのは、島根県警の島田警部。月乃を逮捕しさえすれば
一足飛びの昇進が約束されているという噂だが、本人はまったく興味が無いことで有
名である。
「それにな、今日付でお前もう一つ罪状が増えたぞ!」
「へぇー、参考までにお聞きしたいですね」
 響き渡るサイレンと、警察の働きかけも空しく、マスコミによって大々的に発表された
予告状のお陰で、深夜だというのに町にはこの騒動を一目見ようとするやじ馬がひしめき
合っている。道路まで平気で占領する彼らに、パトカーは四苦八苦だ。誰も本気で逮捕に
協力しようとする者はいない。
 そして、その理由を十分に理解しているからこそ月乃は面白がって、毎回オーバーな
逃走劇を演じてみせているのである。
 あともう少しで海につながる宍道湖へ出るというところで、不意に月乃は立ち止まった。
パトカーの急ブレーキの音がそれに続く。
「警部、もう一度言ってもらえますか!」
「あー、何度でも言ってやるわ! 先日の美術館から逃走の際、館長の三谷氏を射殺
したとして殺人容疑でも逮捕状が出とる! 強きをくじき弱きを助ける奴だと思っとったのに
今回ばかりは見損なったぞ!」
 あっという間に、月乃が降り立った電信柱の下へパトカーが押し寄せて来た。警官の
怒号が静かな町にこだまする。
「……それは、俺のしわざではありません」
「んなこたぁ署でゆっくり聞いてやる!」
 月乃はふむ、と顔を上げると、
「今日のところはこれでおしまいにしましょう。必ずこの汚名は晴らします。――それでは
また、月が星を照らす夜にお会いしましょう!」
 月乃の足元から煙幕が吹き出すと、たちまち辺り一帯を覆った。パトカーも道路も包まれ、
数メートル先まで視界がきかなくなった。華麗なる怪盗を一目見ようと集まった人間達の
間から黄色い声が上がる。島田警部を始め警官達はあわてて両手を振り回し、煙を
追い払ったが、ようやく煙幕が晴れたとき、当然ながら怪盗ダークスターは忽然と
姿を消していた。


 門に停止した音を聞き付けたのだろう、すぐに隼人が飛び出して来た。
「月乃様! 大変なことに――」
「ああ、警部から聞かされたよ」
 乱暴に車のドアを閉めて月乃は吐き捨てるように言った。
「どこの誰だか知らんがやってくれるぜ」
「インターネットで新聞社が明日の記事として配信しています。ご覧になられますか」
 うなずいて月乃は屋敷内へ入った。
「――俺が銃を持って入って、奪おうとした館長と揉み合いになり射殺した、という
ことになってるな」
「島根県警の方では――もちろん発表されていない方の情報ですが――、新聞社に
投げ込まれていた写真の件は伏せているようです。上層部の見解では、館長は拳銃
売買にかかわっており、口封じのために殺された可能性もある、と。また、新聞社に
写真が投げ込まれてから館長が射殺されるまで、警備員の銃所持に関して情報が
他方へ漏れるルートがありません。これからみて、もちろん新聞社にも内通者が
いるでしょう」
「そっちの方がよほど筋が通るんだけどなぁ」
「ええ。しかしそれじゃあ世間が納得出来ませんからね。月乃様は一番の容疑者として
手配されたワケですよ。拳銃売買にかかわっている可能性も捨てきれないわけですし」
「ひっでーコト言うなー。盗みはしても無益な殺生はしねぇと決めてんだ。この分の
お返しはきっちりさせてもらうぜ」
 隼人は「もちろんです」とうなずいて、
「それではとりあえず、拳銃売買について情報を集めておきましょう。行動は、雪夜様の
件が片付いた後ということでよろしいですね」
月乃の返事を聞く前に彼はドアを閉めて出て行った。一人部屋に残った月乃は、
「分かってることをいちいち確認するなよな」とつぶやいた。


 ボケーッとテレビを眺めながら、月乃は昨日の島田警部の言葉を思い出していた。
もとより大して面白くない土曜朝の番組が頭に入るはずも無い。
 何せ二年前怪盗になってからというもの、あやうく正体がバレかけたことは何度も
あったが、その度機転で誰ひとり傷つける事なく切り抜けてきたのだ。警察も自分が
「絶対に人を傷つけない怪盗」であることは承知しているはずである。そして、
盗みに入られた家には必ず、たたけば出てくるほこりがあることも。だからこそ彼は
義賊と呼ばれるのだ。
――殺人容疑、か……。
 月乃はそう叫んだ時の島田警部の悔しそうな顔を思い出していた。彼もまた、
ダークスターが義賊であることを知る人間のはずだ。
 ああいや、今は雪夜の方が先だったな。
「クソ、今回の中間考査はあきらめるしかねーか」
 思わず声に出してつぶやいた時、クッションを抱え込んでテレビの前に陣取っていた
雪夜がくるりと振り返った。
「ねーねー月乃ー、魚屋のタツさんを斬ったのは誰なのかなー」
「あぁ?」
 画面にはムシロで覆われた死体と、すがって泣く女性が映っていた。どうやらまた
彼の好きな時代劇の一場面らしい。
 月乃は黙って画面を見ていたが、
「ホラ、今代官が映ってるだろ。越後屋と酒飲んで。こいつらだよ絶対」
「えぇー、すごいねー月乃。俺、おソバ屋のおみっちゃんかと思ったー。さっきすがって
泣いてた人」
「アホ! こういうのは大抵悪人面が犯人と決まってんだよ。第一、おみっちゃんは
刀なんざ持ってねーだろーが。殺し方にも得意分野っつーもんがあるだろ。どーゆー
思考回路してんだ!」
 叫んだ途端に月乃は飛び上がった。
「そうか! 専門分野じゃねーから毒が二つ! 思い込みがジャマしてやがったぜ!」
 月乃は雪夜の手を引っつかむと、屋敷中に響く足音を立てて隼人の部屋へ走った。
途中雪夜にやられた亀裂がみしりと広がったようだが、気にしちゃいられない。
「隼人! 雪夜の推理にゃ及ばねーが、田村昭一をマークしてくれ!」
「一足遅かったようです」
 背もたれに寄りかかったまま、クルリとこちらを振り返った隼人は、
「田村昭一は先ほど自宅から姿を消していることが判明、重要参考人として手配
されました」
「何!」
 月乃は入り口に立ちすくんだ。ようやく手を振りほどいた雪夜が、テテテと隼人に
近寄って膝に手を置き、
「じゃあ警察は田村さんを犯人だと思ってるのー?」
「雪夜様は違うとおっしゃるので?」
「うー」
 雪夜は首をかしげて考え込んでしまった。
「んとね、俺確か病院へ行った時、犯人を見たんだよねー。えっと、その時思ったん
じゃなくて、見て『あーこれならこーなってー』とかゆーふうに考えててー」
「つまり、何かヒントになったものを見た。そして推理の結果そこで見た人間が
犯人だという結果に至ったんだな?」
「そーそー月乃の言う通りー」
 やっと我に返った月乃は、
「では何故田村は逃げたんだ? 何かを知っていたのか?」
「もしかしたらー、逃げたんじゃなくてー、連れ去られたのかもしれないよー?」
 隼人が手を打った。
「雪夜様! あの時言い残していかれた『次の犠牲者』という言葉に当てはまる
のでは?」
「そーかもー」
 言った当人は気のない返事である。
「とりあえず、田村という手掛かりが消えちまったんだ。病院で何かを探すしかねーな」
「ならもう一つできますよ。――有田を呼び出すんです」
「有田を?」
 隼人はニヤリと笑うと、
「ま、インチキ陰陽師ですからどこまで成功するか分かりかねますけどね」
「その手があったか!」
月乃がパチンと指を鳴らした。雪乃も真似して――スカッという音がしただけだった。


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