多分花鳥風月→金田一、コナン的読み物ページ→小説置き場→オリジナル小説目次→迷探偵は死して名泥棒に助けられる2-1
ドアを開けたら人が立っていた場合、反応は二つある。
やあいらっしゃい、と出迎えるか、誰だお前は!と敵意をあらわにするかである。
最も、ここがビルの最上階で、さらに県警本部長室だったら、断り無く主より先に入る
客人はまずいないだろう。
従って――
「誰だ、お前は!」
と本部長、荒木伸雄は叫んだのである。
「失礼、アポは受けてもらえないと思いましたので」
窓から差し込む月明かりをバックにしているので、コートらしき輪郭しか分からない。
「初めまして。ちまたで噂の怪盗、ダークスターと申します。――あ、人を呼ぶのは
少しお待ち下さい」
月光に銃身がキラリと光って、荒木は仕方なくドアを閉めた。
「お前さんは人を傷つけないと聞いていたが」
「もちろんです。今までも、これからもその予定はありません。俺のポリシーでね」
「では何の用だ」
「約束しに来たんですよ」
「約束?」
「上層部で疑問視する声が出ている通り、今回の三谷氏殺害は俺のしたことでは
ありません。その真犯人を必ず挙げるとお約束しに」
そんなことまで知っているのか!
内心舌を巻きながら、荒木は毒づいた。
「泥棒の言うことが信用出来ると思うのか」
月明かりの方から、苦笑する声が聞こえた。
「信用されなくても、そのことを知っておいていただければ結構。そちらもこれ以上
警察の不祥事を増やしたくないでしょう」
図星を指されて荒木はグッと言葉につまった。先日も警察庁から指導を促す書類が
届いたばかりだ。
「何が望みだ」
「解決のあかつきには、濡れ衣だったことをちゃんと釈明して下さい。窃盗で追いかけ
回されるのは結構だが、やってもいないことで世間からののしられるのは気が
済まない。それに」
密かに壁を探っていた手が、やっとスイッチを探り当てた!
「結構これでファンがいるもので」
闇を急激に消し去った明るさに、慣れない目を懸命にこじ開けたが、どっしりした
机の上でテープレコーダーが回っている以外、不審なものを発見出来なかった。
「それではまた、月が星を照らす夜に!」
テープレコーダーが最後の声を発した。
床に、《ウケ狙いにどうぞ。なかなか良い出来のライターですよ》と紙の貼られた
ピストルが落ちていた……。
「いきなり寄り道して来るって言うから、何かと思いましたよ」
静まり返ったビル街の中、大胆にも島根県警本部の向かい側道路に停車したメタル
ボディの愛車は、月明かりで銀色に光っていた。
「悪ィ悪ィ、どーしても言っておかねーと気が済まなくてな。さて行きますか」
グォン、とエンジンがうなりをたてる。
県警本部から交差点を右折して、そのまま真っすぐ行けばすぐに総合病院である。
あれから依然として雪夜の手掛かりを示すような情報を掴めず、仕方なく月乃は
強硬手段に出ることにした。ただ気掛かりなのはおまけである。後ろに乗っかって
いる、あれ。
一応少し離れた物陰へ止めて、月乃と隼人、そして雪夜が車から降りた。
「な、何か夜の病院って怖いよー」
「安心しろ、もはやお前も同類だ」
「ひどーい月乃ー」
「静かにして下さいよ、二人とも」
そういう隼人も何やら顔色が悪い。
「何だ隼人、お前もこれ嫌いか?」
胸の前で手をだらりと下げてみせる。
「嫌いというよりは苦手ですよ。歩いていると不意に足を掴まれたり、助けてくれと
耳元で懇願されるのは気持ちのいいものじゃありません」
「それでお前、去年俺が骨折して入院した時必要最低限しか来なかったのか。俺てっきり
失敗をとがめられてるのかと思って、かなりへこんでたんだぞ」
「それは失礼しましたね」
非常口の施錠を素早く開けて、彼らは中へ滑り込んだ。どこからか聞こえてくる
モーター音の他は、院内は静まり返っている。入院病棟と離れていればこんなもの
なのだろう。
「打ち合わせどおり、俺は成田製薬との売買について調べてくる。雪夜と隼人は有田の
部屋へ行ってこい。一時間後に車の前で落ち合うぞ」
「了解」
忍び込むのは月乃の得意技である。あっと言う間に姿が見えなくなった。
「いきますか、雪夜様」
「うん。――怖いから服持ってていい?」
「ご自由に」
深夜の病院は、警備員の巡回さえ気をつければそうそう人に見つかる心配はない。
頭にたたき込んだ図面どおりにたどって、有田の部屋はすぐに発見出来た。
あらかじめ月乃が立ち寄って鍵は開けてある。
ドアを開けて隼人は顔をしかめた。
「どうしたの?」
「この部屋は悪意で一杯です。殺された有田も相当な奴だったようですね。少なくとも、
すんなりあの世にいける人間ではないようです」
懐から紙を取り出し、何事かつぶやくとそれは鳥の姿になった。
「誰か来たら知らせるのだぞ」
鳥がドアから外に出て行く。
「それでは雪夜様、有田を呼び出しますので」
雪夜を下がらせると、隼人はしゃがみこんでじゅうたんに手をかざし、目を閉じて
祈り始めた。
暗闇の中、じわじわとじゅうたんが光り始めた。緑色の、どちらかと言えばあまり
見たくないような光である。
「……俺を呼ぶのは誰だ……」
「うわぁー!」
思わず雪夜が叫んで、あわてて自分で口をふさいだ。
じゅうたんから男がずるずると出て来ては、雪夜でなくても驚くだろう。
「汝に問う。汝を殺せしは誰が仕業ぞ」
「知らん……」
有田が充血した恨めしげな目で隼人を睨み、続いて雪夜を見た。雪夜はただ
ガタガタと震えるばかりだ。
「お前、こちらの住人だな……何故そんなところにいる……」
「有田、我が問いに答えよ。さすれば汝が苦しみ、取り除いてやらんでもないぞ。
あの日、何があったのだ」
もう一度有田が隼人の方を向いた。
「俺は……いつもの通り手術をこなし、部屋に帰って頭痛がしたので薬を飲んだ……。
それから、客を待った……これで、俺も金づるを掴んだ……」
有田の両眼から血があふれ、たまらず雪夜は目をそらした。
「それなのに……! ちくしょう、苦しい……助けてくれ……死ぬのはいやだ……
どうして来ないんだ……約束した……グォォォ!」
「いかん!」
隼人が右手の人差し指と中指を立て、空を切るように文字を描いた。
カッと目を見開き、今にも隼人に飛びかからんとしていた有田の姿が闇にかき
消えた。
「雪夜様、ご無事で?」
安堵の息をつく暇も無く、雪夜が身を隠したついたてをのぞき込むと、彼はしゃがんで
ブツブツと何かをつぶやいていた。
「少し、待つか」
それが雪夜の推理開始であることを知っている隼人は、たまった息を吐き出して、
ドアにもたれかかった。
「有田は犯人を見ていないだと?」
ソファに寝転がっていた月乃はガバリと身を起こした。その拍子にくわえていた
煙草を落としてしまい、あわてて手ではたく。
「そうです。つまり彼が毒入りのコーヒーを飲んだ時犯人はいなかったことになります。
つまり、有田の部屋に行くまで急ぎの処方を出していた佐藤だけでなく、その日別の
場所で会議中だった田村にも、自販機で有田が買ったコーヒーに毒を入れることは
不可能ということです。――ですが」
「雪夜はそうじゃないって言うだろうな」
「おそらく。俺が思いつくような推理であれば、『裏思考』の状態にはならんでしょう」
『裏思考』とは、雪夜の推理を指して二人が勝手につけた呼び名だ。まるで裏方の
ようにすべてを知っているような推理の飛躍からきている。つまり、外れたことがない。
あれから、集合時間になっても雪夜は考え込んでいたため、結果報告は翌朝に
持ち越されたのである。
「ったく。ボケているかと思えば突然頭脳がフル回転しだす。確かにインドア探偵には
向いているけどな」
「ところで月乃様、今日も学校は休まれるので?」
「当分休むと言っとけ」
「麻疹にかかりましたと昨日、担任には伝えておきました」
「結構」
月乃は立ち上がった。
「どちらへ」
「病気といったら病院へ。――雪夜の為に情報を増やしてくる。我ながらボケてた
もんだ。昼間の病院にこそヒントがあったかも知れない。一応俺の方の成果はまとめて
おいたから、雪夜が正気になったら渡してくれ。昼までには戻る」
「分かりました」
雪夜が死んでから一週間目の朝。もう体の方は処分されたと見て間違いないだろう。
探すための手掛かりが全く掴めない以上、無駄な時間に労力を使うつもりはなかった。
その点で彼は非情なほど冷静だった。
「怪盗の技も役に立つってもんだ」
度の入っていないメガネをかけて、リクルートスーツにネクタイ。場合によっては、
就職活動中の学生にも見える。後は度胸だけだ。
月乃は背筋を伸ばして総合病院へと足を踏み入れた。
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