多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→総理大臣、ただいま仮免中!1-3


 誰だってまあ、苦労してたどり着いたとたんに帰れと言われれば、いささかムッと
するものである。
 しかし学校なら遅刻寸前で滑り込んだとしても、「家から電話があったから帰って
よし」と言われれば、にっこり笑って教師の気が変わらないうちに教室を飛び出す
だろう。
 従って圭は、教師の何故かひくついた顔をちゃんと見る事なく、来た時と同じように
リズム良く下履きの音を立てながら廊下を走って戻った。角を曲がった途端に校長
先生と出くわし、あわててスピードを緩める。
「滝本君、だったね。早く帰りたまえよ」
「はーい……?」
 何故校長が自分の名前を知っているのかとか、帰ることを知っているのかなどと
思いはしたが、一番不思議だったこと、それは。
 廊下走っても怒られなかった……。
 そんなことに首をひねりながら、圭は校門を飛び出した。学校から遠ざかるためなら、
餌に群がってくるハトより早く走れる自信がある。
「うわっと! ごめんなさい!」
 煉瓦造りの校門、その道路側に寄りかかるようにして立っていた男にぶつかり
そうになり、圭はあわてて詫びた。
「滝本圭様でしょうか」
「あ、はい、そうですけど?」
「お乗り下さい」
 五本の指をそろえて指し示された方を見ると、テレビで怖い人や偉い人が乗っている
ような黒い高級車。数千万するらしいとかなんとか双葉が言っていた。それを友達と飲みに
行った時、酔った勢いで蹴飛ばして逃げて来たと……。
 まさかそれと関係ないよね。
「あ、あの……」
「ご自宅へ向かいます」
 運転手が降りて来て、白い手袋をはめた手で後部ドアを開けるのを眺めながら圭は、
自動ドアじゃないのかなぁ、と思っていた。タクシーみたいには出来ていないらしい。
「さあ」
 男が促した。圭も背が低いというわけではないが、身長も肩幅も思いきり負けている。
「あの……知らない人にはついていっちゃいけないって、お母さんやお姉ちゃん達が……」
 男が少し微笑んだように見えた。内ポケットに手を差し入れると携帯電話を取り出し――
よほど黒にこだわっているのか、ストラップまで黒かった――、番号をプッシュしてから
耳に当てた。二言三言話してから、そのまま差し出す。圭は恐る恐る受け取って――
まさか電話型爆弾じゃないだろう――、「もしもし」と言った。
「あ、圭ー? 私、双葉ー! 早く帰っておいでー!」
「あれ、双葉お姉ちゃん?」
「そっちに迎えが行ってるでしょー? その車に乗って帰っておいでー」
「待ってるよー」
 志保の声も聞こえて来た。母らもいるのだろう、にぎやかな声がする。
「もう、よろしいでしょうか」
 男が声を掛けた。圭は小さくうなずいて通話を切ると男に携帯電話を返した。
「お乗り下さい」
 そばに寄って見ると、車はピカピカに磨き上げられていて自分の姿が映る。乗り込もうと
してドアを押さえている運転手と目が合った。会釈されてあわてて頭を下げ、ゴン、と
ドアの縁に額をぶつけてしまった。
「大丈夫ですか!」
「あ、大丈夫です……」
 額をさすりながらシートにひざをついて這い這いするような形で奥へ進む。
 振り返ると男が口元を押さえていた。肩も震えている。圭は、
「吐きそうなんですか?」
と声を掛けた。男が吹き出した。
「いや、失礼……」
 頬をたたいて元のまじめな顔に戻ると、運転手に軽く右手を上げて圭の隣に体を
滑り込ませてきた。ドアが閉められ、運転手が自分の定位置に戻る。
「私は大下と言います。大下良樹。以後長い付き合いになるかと思いますので宜しく
お願いします」
 軽い重力がかかり、車が発進した。
「えと、僕滝本圭です……。長い付き合いっていうと、うちの学校の転校生……? あの、
おいくつですか?」
 大下はまじまじと圭の顔を見つめた後、突然ひざをたたいて笑い出した。圭は何故
笑われているのか理解出来ず、ただ彼を見つめるばかりだ。
 もしかして、生徒じゃなくて先生だったとか?
 ひとしきり笑った後、大下は目尻の涙を拭いながら、
「重ね重ね失礼。……くくっ、いえ、そうではないのですよ、滝本様」
「はぁ?」
「ご自宅に着けば分かります」
 最後にニコリと微笑んで大下は前を向いた。仕方がないので圭も前を向いたが、
何となく決まりが悪い。
「あの、お聞きしてもいいですか?」
「何でしょう」
「大下さんは何をされてる方なんですか?」
「SPと言ってお分かりですか」
「SP? スプーンを曲げる人ですか?」
「それはESP」
 今度は運転手が吹き出した。
「おい、事故に気をつけてくれよ」
 本気とも冗談ともつかない口調でそう声を掛けてから、大下がこちらを向いた。
まじめな顔をしているものの口の端が引きつっているところを見ると、どうも笑いたい
のをこらえているらしい。
「SPというのはセキュリティポリス、身辺警護をする警察官です。説明が足りなかった
ようですね。あなたの身辺警護をさせていただきます。もちろん私一人ではありま
せんが」
「僕の? 何で?」
「まあ、ご自宅に着いてからゆっくりお話ししましょう」
 車が住宅街に入った。幅広い道路の両側にさまざまな一戸建が並んでいる。住宅メーカーが
バラバラなので住人の個性が表れていて面白い。ある時マスコミがやってきて、「個性通り」
だのと勝手に名前をつけて取材していったことがある。それが元で見物人も増え、数年前
ここから有名タレントと電撃入籍したシンデレラが誕生してからは、「個性通りまで」といった
だけでタクシーが「はい」と発進してくれるほどだ。
 やがて「滝本」と表札の出た家に着いた。庭に面した窓からのぞいていたのだろう、
姉達がすぐに飛び出して来た。
「圭! おめでとう!」
「は?」
「さ、早く!」
 運転手よりも早く双葉がドアを開けて圭を引っ張り出した。後ろを振り向くと反対側
から大下が降り立ち、あたりをキョロキョロとやった後、所在なさげについてきた。
「お姉ちゃん、どーしたの?」
「まーまー」
 姉達はニコニコ――いや、ニヤニヤと――笑って答えようとはしない。手を引っ張られる
まま、靴を脱いで玄関を上がった。
「こっちよ」
 左側のリビングに向かうのかと思いきや、右手側にある和室に連れていかれた。
ということは、大事な客が来ているということだ。母か父の知人だろうか。
「圭帰ってきましたー!」
 一美がふすまを開けた。背筋を伸ばして母と話をしていた男がこちらを見た。その顔は、
一美が騒いでいる日本一カッコイイ芸能人に似ている。母の友人というには少し無理が
あるようだ。
「お待ちしておりました」
 その男は座布団から降りて正座のままこちらに体を向けると、流れるような動作で
畳に手をついて深々と頭を下げた。あわててその場に正座して同じように礼を返す。
「あたたた、敷居に座っちゃった」
「圭、こちらへいらっしゃい」
 床の間を背にして座っている明日香が呼んだ。臑をさすりながら隣の座布団に座る。
 あれっ、これって滅多に出さない高い座布団だ。そんなにこの人偉い人なのかな。
 姿勢を戻して自分と向き合う形になった男をまじまじと見つめる。
 柔らかく微笑みをたたえた顔は、やはり二十代後半とまではいかない。
 あ、そうか。一美お姉ちゃんの婚約者とか! お父さんがいないからお母さんと僕に
挨拶しにきたんだな。だから僕呼び戻されたんだ。
「失礼します」
 ふすまが開いて、大下が入ってくると男の隣に座った。続いて姉達も。
「コーヒーどうぞ」
 一美が男の前に置かれた茶托付きの茶碗を盆に載せ、かわりにコーヒーカップを置いた。
 すっごーい! ウチで一番高いヤツ! えーと何ていったっけ……?
「お気遣いなく」
 男がそう言った。大下も無言で頭を下げてから、軽く一口飲んだ。
 男は一美達がふすまの前へ座るのを見届けて、黒いアタッシュケースからクリップで
留められた書類の束を取り出し、テーブルの上に置いた。何のつもりか圭に読めるように
くるりと上下をひっくりかえされた書類は確かに日本語なのだが、残念ながら圭の
読解力では意味が分かりかねた。
「私は、小野田大介と申します。前内閣総理大臣の首席秘書官をしておりました」
「しゅしぇき秘書官?」
 聞き返したが舌を噛んで明日香に「これっ」とつつかれた。
 大介が内ポケットから名刺を出し、圭の前に置いた。
「単刀直入に申し上げます。滝本圭様、昨夜――いや、本日早朝成立した法案施行に
よる選任により、あなたが次期内閣総理大臣に指名されました。私共はあなたを
お迎えに来たのです。――総理」
 圭は随分長い間大介を眺めていた。姉や母そして目の前の男達は、彼の次の言葉を
待っているかのように、身じろぎひとつせず黙っていた。
 先に沈黙をやぶったのは大介だった。
「お疑いですか。二時までお待ちになれば、竹本官房長官代理が記者会見であなたの
名前を発表します。ですがその際の挨拶もあることですし、我々はここにマスコミが押し
寄せる前にあなたをお連れしたいのですが」
 圭はハッと思い出して、「ちょっと待って下さい」と立ち上がった。
 さっき双葉お姉ちゃんに取られたカバンはどこにいった?
「捜し物はこれ?」
 呆れたように双葉が自分の後ろからカバンを出してみせた。
「それそれ!」
 中から今日三時間目に受けるはずだった「現代社会」の教科書を取り出す。パラパラ
めくって、内閣の見出しを見つけると「これですか」と大介に見せた。
 彼はすぐにうなずいた。力強く、はっきりと。
「つまり、あんたが今日からこの国のトップってことよ、圭」
 双葉が言った。
「僕が? 何で?」
「何でもなにも。決まったの」
 志保が人差し指を圭に突き付けた。その隣では三奈が興味なさげにこちらを見ている。
「え、でも総理大臣って偉い人でないとなれないんじゃないの? 僕高校生だよ?」
「だからー、そういう法案が通ったの。国民から公平に、公正なる選任をすべしって」
 一美はそう言ってから、「ほら、すぐ泣きべそかかないの」と笑った。
「アメリカの大統領制と似るところがあるわね。日本でも以前から取り入れようとする
動きがあったのは知っていたけど、その為の研究が進んでいたとは。おそるべし
基山元官房長官」
 そこまで言ってから双葉は圭の後ろに目をやって「失礼」と肩をすくめた。
「いえ。お分かり頂けましたか、滝本総理。それでは、官邸へ移動する前に若干
説明があります」
「あ、はい!」
 圭はあわてて自分の場所へ戻った。


「“ナイツ”から“チャイルド”へ。次期総理大臣が決定したもよう。滝本圭、十七歳の
高校生とのことです」
「こちら“チャイルド”。了解。引き続き監視せよ」
「了解。通信終了」


 圭が座布団に座り直すと、双葉がその横に座った。母や一美達は自分の役目は
終わったと思ったのか、立ち上がって出て行った。大下も軽く会釈してそれに続いた。

     BACK           TOP            NEXT


多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→総理大臣、ただいま仮免中!1-3