多分花鳥風月→金田一、コナン的読み物ページ→小説置き場→オリジナル小説目次→総理大臣、ただいま仮免中!2-1
「私も話を聞いていいわよね?」
「構いません」
大介は双葉を見ようともせずそう言うと、テーブルに並べた書類を軽く指でたたいて
みせ、
「難しいことを申し上げてもお分かりにならないでしょうから、簡単に説明します」
すらすらとよどみなく言葉が紡ぎ出される。ひょっとしたら教師よりも説明が上手かもしれない
と思いながら、圭はそれを聞いていた。
そしていいかげん足がしびれてきた頃、大介の説明も終わり促されるままに数十枚の
書類に名前を書いた。それを大介が一枚一枚丁寧に確認して、アタッシュケースに
しまうのを圭は黙って見つめていた。何だか自分が偉い人になったような気分だ。
「これで一通り説明は終わりました。後は移動してからにしましょう」
「ひとつ質問」
双葉が手を挙げた。大介が圭から視線を移し、大して興味が無さそうに「何ですか」と言った。
「公務のこともあるし、圭は首相公邸の方へ住むことになるのよね? 私達も?」
「強制ではありませんし、別に総理だから公邸に住まなければならないという規則はありません」
「あ、そう。良かった。公邸からだと大学遠回りになっちゃうのよね」
双葉は軽快に指を鳴らした。何事もメリットデメリットで計算する彼女らしい質問だ。
「あの、僕もいいですか……?」
「何でしょう、総理」
大介がにっこり笑った。すっかり冷めたコーヒーを思い出したように持ち上げる。
「一日総理って、何でこんなに面倒な手続きがいるんですか?」
大介が、飲みかけていたコーヒーをぶはっと吹き出した。
永田町。そこは日本の政治の中心でもあり、様々な機関が集中している場所――
なのだそうだ。
「本当に御存じなかったんですか」
「だって……お姉ちゃんがそんなこと知らなくても生きていけるって……」
「生きてはいけますが生活してはいけませんね」
大介はため息をついてシートにもたれかかった。リムジンは途中から合流したパトカーに
挟まれて、ゆっくりと道を進んでいく。なんだか連行されるみたいだ。
「総理。言葉遣いに気をつけて下さい。先ほども申し上げましたが、失言・スキャンダルは
政治家には厳禁です。それが、この国のトップならなおさら」
「総理がいなくても政治は出来るけどね」
向かい側に座っている大下が口を出した。昼食ですっかり滝本家に打ち解けて
しまったのである。――圭の勘違いを、一番笑った人間でもある。
大介がキッとにらんだ。
「大下さん、皮肉ですかそれは」
「いーえ別に」
舌を出して横を向く。最初の印象は怖かったが、あれは装っていただけのようだ。
「最低限敬語は使って下さい。それでなくてもあなたの周りは敵だらけなのです。
隙あらばあなたを総理の座から蹴落とそうとね」
「代わってもいいですけど……」
「だめです。――あなたには重要な任務があるのです。名誉欲に目がくらんだ愚者どもに
地位を明け渡すのは、それを果たしてからにして下さい」
「任務? 何です」
「分かりません」
「は?」
大介がシートにもたれかかったままこちらを見た。
「知りたいですか」
「分からないんでしょう?」
「そうなったいきさつをです」
圭がうなずくと大介は身を起こして腕時計を見た。総理大臣の秘書というから、ロレックス
とかブランド品を予想したが、革バンドのシンプルなものだった。見まちがいでなければ、
この前学校帰りに寄ったディスカウントショップで五九八〇円だった。まさかね。
自分の勘違いには大いに自信を持っている圭である。
「官邸に着くまで二十分はありますね。お話ししましょう。ただしこのことはくれぐれも秘密に。
国家機密といっていいものです」
圭はシートに手をついて体ごと大介の方を向いた。大介はそのまま続けた。
「総理大臣と基山官房長官が暗殺された事はお話ししましたね? 遠隔操作型爆弾が
仕掛けられていたのです。――未発表ですが、二人は竹本代議士の所へ向かう予定
でしたから、恐らく予定通り向かっていれば竹本代議士も命を落としていたでしょう」
「誰が、やったんですか?」
「不明です。もともと彼らは日本党という政党に所属していたのですが、その中でも革新派と
いって――ああ、政治のことは分からないのでしたね、つまり今までのなあなあで済まされて
いた政治ではなく、官僚や派閥に左右されない政治を目指そうとしていたのです。ここ最近の
歴代総理を総称して我々は基山政権と呼んでいますが、基山政権は確かに世論でも称賛
されているように素晴らしい成果を上げていたのです。ただ、周囲はそれを国民への
ごきげん取りと思っていた」
「ま、早く言や嫌われてたってことさ。周り敵だらけな状態。OK?」
大下が助け舟を出す。圭はそちらを向いてうなずいた。
「彼の言うように、日本党は野党――」
そこで大介は舌打ちをして、「野党ぐらいお解りですよね?」と聞いた。
「与党じゃない方ですよね?」
忍び笑いが聞こえた。大下だ。
「まあいいでしょう。基山官房長官の部下を除き、日本党は野党で一番大きな力を持つ
先進連と、裏で手を組もうとしていました。要するに基山政権から強制的に政治の舵を
奪い取ろうとしていたわけです。しかし、こんな殺害に至るほどの力業を使える人間は
いません。基山官房長官はもちろん、彼らの考えを知っていました。そして強制的に
彼らを黙らせる切り札さえ持っていた。でも、彼は放っておいたのです」
「何でですか?」
大介が肩をすくめた。
「政権を奪ったところでどうせ彼らには、この日本の未来を背負って立てるだけの実力が
ないと、力不足だと分かっていたからです。そして、そういった人間達の手回しが届かない
総理選任を行わなければならない。基山官房長官が役に立たないと言われる人間を
総理に据えていたのは、真の目的から世間の目をそらすためです。そしてその計画は
十年前スタートしていました」
「……」
大介は一息ついてまた続けた。
「それが今回可決した、アメリカの大統領制を改良した法案です。ただし違うのは、膨大な
データを元にコンピュータが現在の課題を分析し、適任と思われる人間を選び出す点。
つまり基山官房長官は総理の傀儡化をやめようとしていたのです。お飾りではなく、
文字通り先頭に立ち日本を動かす立場にする。――確かに問題がないとは言えませんが」
彼が感想を求めるように見た。何か言わなければならないと思って散々視線を宙に
さ迷わせて、
「僕、社会の成績三ですけど……」
「五段階評価ですか。まあまあではないですか」
「いえ、十段階で」
大介はため息をつくと聞こえなかったかのようにしゃべり出した。
一学期「四」だったから、そっちを言えば良かったかな?
「つまり、半ば強制的に法案が可決されたからには、選ばれた貴方は一ケ月以内に必ず
何らかの結果を出さなければなりません。選ばれただけの理由を示さなければいけません。
ただ、分からないのは……」
彼はそこで言葉を探すように考え込んでいたが、
「前総理が何か問題を抱えていたことです。基山官房長官が亡くなる直前に言って
おられました。『彼は、何か日本の未来にかかわる重大なことを知っていた』と。それが
本当であれば、あなたの行動いかんで下手をすると――」
真剣な顔で見つめられて圭は戸惑った。まだ自分の運命に実感がわかない。言われた
ことの半分も理解出来なかったからだ。
「日本は終戦以来のかつてない大混乱を迎えることになります」
混乱、とつぶやいてごくりと唾を飲み込んだ。それなら分かる。
「爆弾を仕掛けた犯人も見当がつきませんし、目的も分かりません。それに遅かれ早かれ
前総理が知っていた何か、も判明するでしょう。それもあなたは解決しなければならない
のです。もちろん出来ないからと辞職して済む問題でもないでしょう。事の重大さが分かり
ましたか?」
「……」
「SPの立場から言わせてもらえば」
大下が一瞬振り返って、運転手との間の仕切りを確認してから言った。
「多分総理らが暗殺されたことと、その問題というのはつながっていると思いますね。
俺達に黙って外出されることがなければ助かった、とも言い兼ねますが」
「僕、どうして選ばれたんでしょう」
大介は首をかしげた。
「ご親戚に政治家はおられませんでしたし、失礼ですがご家族も普通の方だ。お心当たりは?」
「……授業で、『日本の政治について』というテーマで作文書かされたことはありますけど」
「それだ」
足元のアタッシュケースを開けてファイルを出すと、大介は少しめくってすぐに閉じた。
本当に動作がきびきびしていて、忙しいという言葉の似合う人だ。
「コンピュータ用のデータとして、都内の高校をランダムに選んで作文を書いていただいた
ようです。データから今後起こり得るトラブルも推測するようプログラムされていたはずです。
……コンピュータを信じましょう」
最後は自分に言い聞かせているかのような大介のセリフだった。
圭が質問しようと口を開きかけた時、「到着しました」と運転手が声を掛けた。
大介は一足先に降り立つと、出迎えた男達の方へ歩み寄って話し始めた。時折男達が
こちらに視線をよこすところを見ると、自分のことを話しているのだろう。
「大介はさ」
降りようとした自分に手を貸しながら大下が、耳に口を寄せてささやいた。
「基山官房長官の孫なんだ」
「えっ」
「ポーカーフェイス装ってるけど、つらくないはずがないからさ。君が一番年が近いから
友達になってやってよ。総理に向かって言うのも変だけど。あいつ、ああ見えてもまだ
二十二なんだぜ。この話、ナイショね」
それだけ言うと大下はサッと顔を上げて圭を促した。無表情に戻っている。圭は黙って
進むしかなかった。
肉親を亡くした悲しみというものを、まったく感じさせない人間を見たのは初めてだった。
男達がわきに避けた。よくよく見てみると、校長先生よりも年を取っていそうな人達
ばかりだ。それが次々に頭を下げるのを見て圭は後ろを振り返ったが、屈強な男の
ネクタイが目に入っただけだ。
どうやら自分におじぎをしているらしいと悟って頭を下げることにしたが、これが結構
歩きにくい。
「会釈程度でいいんです」
ピッタリ右側にくっついていた大下がささやいた。
それでも散々四苦八苦して男達の列を抜けると、玄関に女性が立っているのが見えた。
真っ赤な、ボディラインを強調したスーツを来ている。まだ二メートルくらい離れていると
いうのにぷんときつい香水の匂いが鼻をついた。目鼻立ちのくっきりしたどちらかというと
気の強そうな感じだ。
「あなたが滝本新総理? 私、同じくコンピュータで副総理に選ばれた琢磨美奈子。宜しく」
左手を腰に当て、右手を差し出してきた。おずおずと圭が手を差し出すとおざなりに
握手をしてすぐに放した。
「滝本圭です。よ、宜しく副総理」
美奈子が鼻で笑った。笑えないギャグを聞いた時するようなリアクションだ。
「長い付き合いになれるといいわね。――無理でしょうけど」
そう言ってくるりと背を向けると、肩までかかる髪を左右に揺らしながら美奈子は
歩いて行った。
「琢磨副総理は先進連の人間です。気をつけて下さい」
いつの間に近づいていたのか、耳元で大介がささやいた。圭はこくこくうなずいて中に入った。
何をどう気を付けるのかはともかく。
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