多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→総理大臣、ただいま仮免中!5-1


「ちょっと、またぁ?」
 薄曇りの空にかろうじて顔を出す太陽の光を、スモークの貼られた窓から眺めながら
美奈子は向かいあっている結城に声を掛けた。
 コンコン、と運転席とこちらを仕切るガラスを結城がノックするとすぐに運転手が応じた。
「システムダウンに加えて、官邸前の交差点で玉突き事故が起きたようです。警察と自衛隊が
整理に当たっていますが、通勤ラッシュとぶつかったためにかなり混乱しているようです」
「そう」
 赤いマニキュアが乾いたのを確かめて、後部座席のドアを開けた。
「副総理!」
「歩くわ。面倒だけど」
 あわてて結城やSPが降りて来た。通行人がぎょっとしてこちらを振り返りながら歩いていく。
「ちょっと、付いてくるのは結城だけで結構よ。みっともないじゃない」
「ですが」
「なら離れて頂戴。こんな朝っぱらから危険も何もないわよ」
 言うなり結城と肩を並べて歩きだす。自分より頭一つ大きい結城は秘書でありながらも、
一応の格闘術を体得している。今時珍しい、文武両道秀でた人間である。美奈子が父の秘書に
なった時、一緒に入ってきた。手腕で評価すれば恐らく小野田大介にも劣らない。ああ、
ルックスも張り合えるだろう。彼と違うのは正当手段しか使わない点だ。その実直さが却って
気に入っている。
「もー、官邸に顔出した後映画を観ようと思ってたのに、予定が台なしじゃない」
「お察し致します」
「貴方も何か予定があって?」
「つまらない用件です」
「そう」
 後ろからSPがついてくる気配がする。振り返ってみると、屈強な男が三人かたまって辺りを
警戒しながら歩く様はなかなか滑稽だ。いつもニュースで流れる映像は、官邸や移動の際多くの
警備員や政界の人間に囲まれている光景が多いが、こういったところを映すと結構楽しい
のにと思う。
「今頃官邸、大騒ぎかしらねぇ」
「多分そうでしょう」
 小野田大介があわてふためいている様を想像してみる。見たことがないせいで、あまりうまく
いかない。
「ま、私が行ってもどうにもなるもんでもないし、矢部さんにコーヒーとモーニング用意してもらおっと」
 絶対彼の為になるようなことはしてやらない。
 見てなさい、とつぶやいて美奈子は歩みを速めた。


 現場はもうもうと黒煙が立ちのぼり、音を聞き付けた近所の人間達が遠巻きに眺めていた。
それを官邸前の交番から駆けつけて来た警官が押し止どめようと頑張っている。少しでも前に
出ようとする者は沢山いるが、救助活動をしようという者はいない。「滝本総理は辞職すべき」
「ハッキング問題を放置した責任を取れ」などといった、看板や幕を手にした抗議団体らしき
人間もぼうぜんとして事の成り行きを眺めていた。
 応援要請を受けたのか、少し離れた地下鉄駅前の交番からきたらしい警官数人も
やってきて、車体に近づいた。
 先程まで官邸前でスクープをものにしようと待機していた記者達が、群がって写真を撮っている。
フラッシュをまばゆいばかりにたき、テレビカメラを回す。警官の制止を聞こうとさえしない。
 巻き込まれずに済んだらしい車両はめいめいが端に寄せて停車し、不安げに様子を
うかがっていた。
「総理! 危険です! 下がって!」
大下と共に二、三人SPが駆けつけて来た。
「いいからあんたらも手伝え!」
 玉突き車両の中央あたりで中の様子を見ていた志保が叫んだ。腹筋で押し出すような声だ。
「誰か工具とかあったら持って来てくれ!」
 その声に、やじ馬の何人かが背を向けて走っていった。
 日常的に交通事故があふれている都市とはいえ、圭自身こんな事故に直面したことはない。
五台の車両はぐしゃぐしゃにへこみ、割れた破片がそこらに飛び散っている。衝撃でドアが
開いたのか、CDケースや雑誌も散乱していた。フロントガラスが粉々になっている車もある。
 何をすればいいか分からずウロウロしていると、「圭! 手ェかしな!」と志保の叱咤が
飛んで来た。あわてて駆け寄ると、志保が警官と一緒に、ガラスの砕け散った窓から中に
身を乗り出して、人を引きずり出そうとしていた。茶髪の女性だ。
 近寄ると記者の構えるカメラのフラッシュに囲まれた。かなり邪魔だが、志保に「いちいち
相手にしなくていいから!」と怒鳴られ、おっかなびっくり女性の上半身を支え、一歩一歩
後ろに下がった。シートベルトをしていなくてどこかにぶつけたのか、額から血を流し
ぐったりしていた。
 流石にあまり気分のいいものではない。
 道路に横たえると、サンダルばきのおばさんが走ってきて、抱えていた毛布をかけて
やった。
「あ、どうも」
「この人は私が見るから」
 言われるままに後を任せて、志保の所に戻った。
「自力で降りられる人は降りて下さい!」
 警官の叫ぶ声が聞こえた。やじ馬たちもようやく、降り立った人達に手を貸したり声を
かけたりしている。
「工具持って来ました!」
ジョギングスーツにタオルを首にかけた中年の男が、白い息を吐き出しながら工具箱を
差し出した。自宅に駆け戻ってきたのだろう。
「そっち側に回って、運転席をこじ開けてくれ! 窓から出そうと思ったが足を挟まれてんだ!」
 志保が警官顔負けの指示を飛ばす。
「わかりました!」
 男が車体を乗り越えて向こう側に降り立つ。志保が助手席側のドアをこじ開けて
上半身を突っ込んだ。圭はどうしたらいいか分からず、しゃがんで下からのぞき込んだ。
 つくづく志保は、こういった時の指示がうまいと思う。冷静に判断を下し、的確に人を
動かす。だから喧嘩でも無敗だったよ、と前に笑って教えてくれた。総長の意地にかけて、
チームを守んなきゃならないからね、と。
 何故、自分は総理などに選ばれたのだろう……。
 ふと、ここしばらく忙しさに忘れていた疑問が浮かんだ。周りには大介や志保という
適任者がいるというのに、何故何も出来ない自分なのか。
「圭! ぼさっとしてんな!」
 衝撃と共に声が降って来た。見上げると志保が拳を固めて睨んでいる。
「あんたは今何が出来るんだ? 言われた通りに動くだけじゃなくて、考えろ!」
「僕? 僕は……」
 おずおずと立ち上がった。様々な悪臭がいりまじり、鼻を刺す。人のうめき声や、それを
気遣う人の声が聞こえてくる。待っていても何も解決しないのだ。
「……この近くに病院か、薬局はありませんか?」
 やじ馬に問うと、「近くに病院があらあ! んなことも知んねーのか!」という声。
「歩いて五分ほどです」
 大下が後ろから応じた。奮闘しているのだろう、スーツが泥まみれになっている。
「じゃあ誰か行ってお医者さん呼んで来て下さい。大ケガの人は運びましょう」
「了解! 任せて下さい」
 にっこり笑って大下が汚れたシャツの胸を叩いた。
「大丈夫ですか!」
 制服警官がまた数人駆けてきた。そちらを見るとパトカーが数台停車している。警視庁から
来たのだろう。
「処理の方、頼みます」
 大下が素早く指示を出し始めた。医者を、と言われたSPの一人が走っていく。
「やれやれ、電話一本で救急車が来ないのが、こんなに不便だとはね」
真っ黒に汚れた手を見回して志保が言った。
「総理! 至急お戻り下さい!」
 振り向くと、官邸の柵に手をかけてSPが叫んでいた。早く早くと手招きしている。
「げっ、あいつが総理か?」
「隣の女に殴られてたぞ」
 おとなしく警官に従って下がりかけていたやじ馬が、再び騒がしくなる。記者達が
こちらに向けてフラッシュを浴びせかけて来た。
「総理! 支持率を少しでも上げようという売名行為ですか!」
「再びこのようなことが発生したことを、どうとらえておられますか!」
 カメラの間からマイクがこちらに向けて差し出される。思い出したように、抗議団体の
人間も負けじと声を張り上げ始めた。大下達がうんざりした顔で警官を促して彼らの前に
立ち塞がった。早く行けと目で促されて門に近づくと、呼んでいたSPが、やっと通れる
くらいに開けてくれた。
「放っといて帰るよ、圭」
 扉が閉じられた音に振り返ったら、志保にポン、と背中をたたかれた。
「あんたは良くやった。役に立って良かったじゃねーか」
「うん」
 汚れた手で顔を拭ったら、ざらざらした感触だった。


「あの、どうしたんですか」
 SPに呼びに行かせていた圭と志保が戻って来た。頭からつま先までドロドロのグチャグチャ
というすさまじい格好――おそらくクリーニングに出したところで再起不能だろう――に、
一瞬のけぞりそうになるが報告が先と思いなおした。
「犯行声明文です。先ほど画面に表れたものです」
 紙を差し出す。受け取って読み始めた圭の後ろから志保がのぞき込んだ。
“日本政府の弱体化に伴い、政権明け渡しを要求する。日本は今一度革命の時代に
立ち戻り、改革されるべきである。
 既に御解りの通り、我々は中央官庁を始めとする主だった機関のコンピュータを完全
掌握した。要求をのまない場合でも、強制的にコントロール可能である。
 少年犯罪を多発させ、国民に返還されるべき利潤をいたずらにむさぼる政府は政権を
放棄せよ。
 我々は歴史を繰り返す。最終手段として武力抗争も辞さない”
「発信源は特定されたんですか」
 志保が尋ねた。
「時間が来れば画面に出るようセットされていたようです。相変わらず巧妙で何の手掛かりも
ありません」
「いや、そうとも言えん」
 佐々木が声明文をコピーした紙を手にしていた。太い眉を寄せている。
「小野田君、昭和四十年代の抗争を知っているだろう」
「ええ。それが……」
 どうかしたのか、と聞き返そうとして言葉を切った。
 四十年代半ば、高度経済成長期を経て勢いづき始めた日本を揺さぶり、長く語り継がれる
ことになる二つの事件が起きた。一つは、史上最高額といわれた三億円強奪事件。
もう一つは――。
「手口が似ていると思わんかね」
 佐々木はその一連の事件において先頭指揮をとった男だ。机上の空論を通そうと
する幹部から常に部下を庇い、世論への面子よりも早期解決を善しとし、そのおかげで
今でも警察上層部の信頼は厚いと聞く。
「まさか! 第一彼らにこんな高度なプログラムが――」
「小さい頃から思想を吹き込まれて育って、中には機械に強い子だっているでしょうよ」
 開け放したドアに寄りかかって美奈子が笑っていた。「彼らが一生独身主義だとでも
思ってたの?」
「……」
「ま、あたし出来ることなんてないからァ、公邸の応接室で待機してるわねェ」
 くねくねと体をよじらせ、謎の死を遂げた米国スターのように歩いていく。残った香水の
香りを手で払いのけて、佐々木の方に向き直った。
「どうしたらいいでしょう」
「文面を読む限り、おそらく具体的な要求がまたなされるでしょう。三原警視総監に言って、
警視庁から対策班を寄越させます」
「解りました」
 ソファでは吉田と白根がテレビを見つめていた。混乱を避けるための指示を下した後、
何もすることがなくなったからである。大臣達の連絡待ち状態だ。
「圭、あんた記者会見でもしといで」
 後ろから志保の声が聞こえた。
「多分皆不安になってる。いくらあんたが頼りなくっても、この国のトップだ。肩書で安心する
日本人にゃちょうどいい」
「え、でも……」
「そうして下さい総理。対応は私達が行いますから」
 それで安心したのか、圭はうなずいて出ていった。今田があわてて「先に着替えて
下さい!」と後に続く。やりとりを聞いていた吉田が電話に手を伸ばす。記者達に伝える
のだろう。
「散々な週明けになりそうだねぇ」
 ジョーカーの灰を灰皿に落として志保がつぶやいた。つまんだフィルターが真っ黒に
なったのに気づくと、「しまった」と舌打ちして、「手、洗ってくるわ」と出て行った。
 テロリストか……。
 つぶやいてはみたものの、実感のわかない平和ボケした自分に戸惑いを覚えただけ
だった。


 この部屋に足を踏み入れるのは何回目だろうか。
 ゆっくりと足を踏み出しながら、ふとそう思った。
 簡易椅子に座った記者達は鋭いまなざしで、圭をじっと見つめている。それが好意や
期待でないことは流石に解った。
 先に説明をしていたらしい中野が脇によけた。無言のままうなずく。書き留めてきた
メモをそっと机の上におくと、背筋を真っすぐ伸ばした。
「えっと、このような状況の中集まって下さって恐縮です」
 それが合図だったかのように、記者達が次々と質問を浴びせかけて来た。めいめいが
叫ぶものだから逆にまったく聞き取れない。
「静粛に願います」
中野が制した。たちまち場内が静まり返る。
「あの、今回のことについては内閣でも緊急本部を、」
「対策本部です」
 小声で中野が訂正した。
「失礼しました、対策本部を設置して、対応にあたっています。機動隊と自衛隊を配備し、
交通等の混乱が起きないようにしています。なるべく外出は避け、最新情報に注意して
下さい」
 これは必ず言って下さいと今田に念を押されたことだった。
「復興のメドはどうなっているんですか」
 記者の一人が挙手した。
「今のところわかりません」
「都内への物資搬入が不可能になるということですが、どう対応されているのですか」
「あ、一応民間との提携で非常体勢を敷いてもらったので、多分少しは何とかなると……」
「多分じゃ困りますよ! 都民の生活は保障されるんですか!」
「あの……」
 ぐっとつまった時、大介が飛び込んで来た。マイクを一つつかむと、
「緊急時は、自衛隊のヘリを物資搬送に使うことが可能です。また、交通に関しても多少の
混乱はあるものの、外部と切り離された訳ではありません。全力をあげて復興に務めてます」
 大介が記者達を見回した。後方からサッと手が挙がった。
「過激派によるテロという情報がありますが」
「未確認です」
 すぐに大介が応じる。そのまま何か発言しようとした彼の腕に手をかけた。
「僕、ちゃんと言いますから」
 失礼しました、と大介が頭を下げて一歩後退した。
 何を言うのかと記者達は圭をじっと見ている。一回、深呼吸をした。
 うん、緊張してない。大丈夫。
「僕は、この通り高校生です。皆さんからみたら経験も少ないし、頼りないです。電車とか
飛行機とか動かなくて大変だと思います。でも、出来る限りのことはしたいです。すぐにとは
言えないけど、やれることはやりたいので希望とかあったら教えて下さい」
 シン、と静まり返った。
「では質問もないようですので記者会見を終了します」
 中野がマイクで告げた。途端に「ちょっと待って下さい!」という声であふれ返る。それに
振り向こうとしたら、「きりがないですから」と大介に引きずり出された。


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