多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→総理大臣、ただいま仮免中!5-2


「伝令ッ! “ナイツ”から連絡があり、先ほど総理の記者会見が行われたもよう。
ただし、犯行声明文のことは伏せられたようです」
「了解。“チャイルド”、セッティングは」
「完了しました。いつでもOKです」
軍服に身を包んだ小太りの男、“チャイルド”が敬礼した。報告を伝えて来た長身の男
“ホームズ”が、すぐに自分の持ち場へ戻る。
コンクリート剥き出しの床をつたう、何本ものコードを器用に避けてまた一人軍服の
男が走ってきた。工作担当の“クラウン”だ。息を切らす様子もなく敬礼すると、胸ポケット
からメモを出して広げる。
「報告します! 大蔵省を通じて操作したメインバンクからの政府資金強奪に成功し、
架空口座の方へ移送終了しました! ただちに閉鎖しましたので追跡は不可能。
政府側のアクセスもダウンのままです」
「ご苦労」
 声が聞こえたのだろう。衝立で遮られて姿は見えないが、あちこちから歓声が沸き
起こった。
 長い道程だった。二十数年前のあの日は、昨日のことのようにありありと思い出せる。
 T大学という、学問の最高府であるはずの場所が教授達の欲望を満たす場として
踏みにじられ、それを追求しようともしないT大OBで占められた政府の人間達。それを
目の当たりにしたときの、途方もない虚脱感。
 無理矢理にでも奪い取らなければ何が変わるものか。
 そう叫んで僅かな同胞と立て籠もった「城」も陥落された。連行される自分の後ろで、
先頭指揮をとっていた男が話しているのが聞こえた。
「武力に頼らなくても主張は出来たはずだ」
 その言葉は深く突き刺さった。仲間によるハイジャックの要求結果として、超法規的
処置で釈放され、革命国として名高いM国へ潜入してからも、ずっと忘れることはなかった。
 今もあの男はどこかで指揮をとり続けているのだろうか。同じ「命を懸けた」立場で
ありながら、彼は決定的なことが解っていない、と思った。
 何も力をもたない人間が主張するのは、あんたが思っているほどたやすくはないんだよ。
前の総理でさえ、俺達の存在に気づきながら何も出来ずに死んでいったじゃあないか。
「“キング”」
 “アーカード”が目の前に立った。偵察から戻ってすぐ来たのだろう。軍服に着替えていない。
彼は敬礼をしてから、
「都内は交通網を除いてほぼ正常に機能しています。マスコミが行っている調査でも、
身の危険が実感としてない分この混乱を愉快犯ととらえ、日頃政府に対しての不満が
高まっていただけに我々に好意的な見解が多いようです」
 ニヤリと笑った。薄い唇からは突き出た歯がのぞいているだろう。
 これでいい。あの時は闇雲に突っ走り過ぎて失敗したのだ。世論が味方につけば放って
おいても今の内閣は崩壊する。平和に、牙を研ぎ忘れた愚かな民衆とともに。
「国会議事堂に爆弾セット終了しました。霞ヶ関ビルの方もOKです。必要であれば全員
退去を通知、操作で爆破できます。もちろん周囲には全く被害は及びません」
 流行の服に身を包んだ“ポイズン”が言った。小麦色の肌に、鮮やかな赤の口紅が
光っている。
「解った」
 時限式爆弾ではなく、操作型を提案したのは参謀の“ポーカー”である。世論の反発を
防ぐには、被害は必要最低限でなければ、という考えに“キング”は一も二もなく賛成した。
 前回の失敗を徹底的に考えての作戦だった。
 治安維持から乗り出した警察も、この混乱の中椅子に座って無茶な要求を突き付ける
トップに内心反感を抱くことになる。いくらのんきな国民でも、何も出来ない官僚達を
いつまでものさばらせておくまい。これで間違いなく政府が孤立する。
 その時革命は成功するのだ。
――すべては、この日の為に。
「計画のファイナルブロック始動!」
「ラジャー!」
 モニターに向かっていた“ポーカー”が振り向いた。


 二月二十四日、月曜、午後〇時十三分。
 引き戸を勢いよく開けると、カウンターでひじを付いてテレビを眺めていた親父が、
驚いたように振り向いた。
「らっしゃ……総理!」
 走ってきたせいですぐに答えることが出来ず、ゼイゼイやってたら女将が水の入った
コップを差し出してくれた。後ろにいる大下や他のSPにも渡してくれたようだ。
「す、すみません……」
 東京の水もまだまだいけるなぁと思いつつ空になったグラスを返して、「おじさん、お願いが
あるんですけど」と言うと、不思議そうに眺めまわしていた顔がパッと嬉しそうになった。
中に案内されてカウンターの前に立つと、親父が身を乗り出して来た。
「おう、何でい。俺に出来ることかい」
「多分、おじさんでないとダメだと思うんだけど……」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。おい、この前町内会の集まりでもらった菓子が余ってただろ。
出してやんなっ」
「あいよ!」
「あ、ちょっと、収賄になりますから結構です!」
 あわてて大下が奥に入ろうとする女将を止める。
「で、なんでい?」
「あのね、今東京都内が大変なことになってるでしょ?」
「……別に俺のせいじゃねぇけどな」
 親父が肩をすくめた。
「で、自衛隊の人に出てもらったんだけど、急なことで警察の人達の分しかなかったから、
食べるものが足りなくなっちゃって」
 親父の眉がぴく、と動いた。続きをしゃべろうとしたら手を広げて止めて、
「なるほどなるほど、で、俺にメシを作って欲しいってんだな」
「うん。ホント、悪いんだけど。スーパーとかのを全部買っちゃうと、えと、街の人に迷惑
かかっちゃうでしょ? それで今、首相公邸のコックさんにも頼んでるんだけど、二人電車が
止まって来れなくて――」
 指を折って数えて、「メイドさんとか合わせて三人しかいないんだ」と続けた。横で大下が
「三人くらい数えなくてもわかれよ……」とため息をついている。
「あの、お店どころじゃなくなっちゃうから、後で大蔵大臣さんに言って、ちゃんとお金は
払わせてもらいます。いいでしょうか」
 テストを返してもらう時と同じような気持ちで、親父の顔を見た。心配そうに女将が、
「あんた、手伝ってやんなよ」と口を出す。
 親父はそちらを向いて、「誰がやらねぇって言ったよ!」と怒鳴った。腕組みをして、
気難しい顔をしているからてっきり反対かと思った。
「え、じゃあ……」
「いいか、総理。別に俺は損得なんてどうでもいいんだ。お前さんが、自分の立場よりもまず
人のことを考えてやれる人間だから、俺は手伝ってやるんだ。どうせ今日は誰も来れねぇ
からな。仕入れたもの全部使ってやらあ」
「あ……ありがとうございます!」
 思いきり頭を下げたら、カウンターに頭をぶつけてしまった。目の前にいくつか、花火が散った。
「あいたー」
「総理!」
「ゴンって音がしたぞ!」
「大丈夫か!」
 あわてて女将がおしぼりを手にかけよってきた。恨みがあるかのようにおでこを押さえ
付けられる。
「いたたたた! だ、大丈夫ですから」
「馬鹿ね、しっかりもんでおかないと、コブになるわよ」
「ちょ、ちょっと!」
 大下に目で助けを求めたら、テーブルを叩きながら腹を抱えて大笑いしていた。そばで
SPもオロオロしているばかりだ。薄情者。
「ホントに何するか想像もつかない奴だねぇ……」
 ひじをついて頭を支えながら、親父の呆れ返った声が聞こえた。
「――じゃ、もう少ししたら料理を入れるものと、運んで下さる人が来ますので」
「おうよ! これでも炊き出しゃあ得意なんだ、任せとけ!」
 右腕に力こぶを作ってみせ、それを自慢げに叩いている。少しふくれた額にちょっと
手をやってから「お願いします」と頭を下げた。
 来る時は夢中で走ってきたから気が付かなかったが、こうして官邸までの道を歩いていると、
車での移動をあきらめた人達が自転車やバイクにまたがり、道路を我が物顔で走っていた。
テレビで見かけた中国のように、先頭の人が止まったら全員追突してしまうのではないかと
いうくらい、すごい数だ。
 警官や自衛隊が歩行者のため歩道の通行禁止を呼びかけているものの、車が渋滞して
いるところでは平気で歩道に乗り上げてくる。
 どうりで来る時、後ろから大下が「危ないから歩け!」と怒鳴っていたわけだ。
「こんなに不便になっちゃうんだね」
 サイレンを鳴らした救急車が立ち往生しているのを、一生懸命警官が誘導していた。
「文化が高度になれば、それが取り上げられた時のリスクも大きくなる。その状態が長く
続くと、人間は原始時代に還るんだと」
 肩を並べて歩きながら大下が言った。
「――つまり、法も秩序もクソくらえな世の中になるってこった」
「……もうちょっと勉強しとけば良かった」
「はあ?」
 突然大下が驚いたようにこちらを見た。
「政治のことをもっとよく知っていたら、こんなひどいことになる前に止められたかもしれません。
僕、どうしたら……」
「ボケ!」
 急におでこをはたかれて、激痛に飛び上がった。収まりかけていた痛みが再びズキズキと
やってきた。
「なーに入り口で肩落としてんのかと思ったら、そんなこと話してたのか」
「志保姉ちゃん!」
 あたりを見回すと官邸前に帰り着いていた。
 それほど吸ってないタバコを吐き捨て、踏み消して志保は顔を上げた。
「いいか、圭。双葉がこの前言ってたことを教えてやるよ。政治ってのはなぁ、知ってたものが
勝つんじゃねーんだよ。むしろ知識が邪魔をして、動く前にあれやこれや考えて結局身動き
取れなくなっちまう。だから、世間の奴らはお前を非難するけど、双葉みたいに一歩下がって
眺めてる奴はなぁ、お前に期待してんだよ!」
「……」
 志保はふう、とため息をついた後、一歩前に踏み出して、手を伸ばして髪をさわってきた。
「圭。滝本家の教育は、出来ることをやれ、がモットーだろ。やれることをやらないで後悔
するより、やって後悔する方がマシなんだよ。人の顔色うかがいながら指示を出すような
バカ政治家にはなるな」
「……うん」
 大きくうなずいたら志保が笑った。兄弟喧嘩の後、仲直りしたときに見せる納得した
笑顔だった。
「……何、今の音」
「悪ィ、俺」
 腹を押さえて大下が気まずそうに手を挙げた。取り巻くSP達の間に苦笑がもれる。
「腹が減っては何とやら。あたしらもメシにしようかねぇ」
 やったー! とバンザイしたら「調子に乗るな」とまた殴られた。


 二月二十四日、月曜、午後七時二十八分。
 一向に混乱の解消されない交通機関や、帰宅出来ずに立ち往生する都民からの
問い合わせで、大介は頭を抱えていた。昨日から対応に追われ続け、流石に疲労の
色は隠せない。
 昼間参事官からの国際電話で、不正アクセスがM国にも行われていたことが判明した。
つまり日本の釈明次第で気の短いリーダーの命令により、M国の核弾頭数百発が
飛び立つことになるのだと。今も国連の必死の説得が続いているが、他国の干渉を
かたくなに拒むプライドの高い元首がどう脅されたところで、一億二千万人を死滅させる
ミサイルを撃ち込むことにためらいもしないだろう。
 気象庁からも再び衛星《さくら》の墜落が時間の問題だと連絡が入った。
 必死の解析の賜物で、落下予測地点が国会議事堂と聞き、原発に落下するよりはと
安心したものの、期限が二〜三日以内と聞いてはあっけにとられるしかなかった。
 明日にはこの情報を発表しなければならない。そうすればどんな対策を打ち立てた
ところで、間違いなく日本全国が大パニックとなるだろう。
 マスコミが騒ぎ立てるとおり、内閣では最早なす術はなく、犯行声明文の捜査を
警視庁に依頼し、会議室で報告を待つばかりだ。
「することなくなっちゃったねぇ」
 煙草を買いに出ていた志保が戻って来た。未成年の喫煙を注意する気力すらない。
「あの……」
 ひじを付いて支えていた重い頭を何とか上げると、心配そうな顔をしてのぞき込んで
いた圭が微笑んだ。
「コーヒー、矢部さんがいれてくれたので、どうぞ」
 恐る恐るといった手つきでテーブルに置くのを見て、大介はネガティヴな考えを振り払った。
 俺は、こうなることを分かっていたはずなのに……。
「ありがとう、――圭」
 大介が口をつけたのをみて安心したのか、向かいのソファにすとんと座り、マグカップを
両手で持って飲み出した。コーヒーはあまり好きではないと言っていたから、ホットミルクか
何かだろう。
「あーあ、灰皿一杯になっちゃった」
 ジョーカーに火をつけようとしていた志保が総理の椅子に座ったまま、山盛りに
なっている灰皿を取り上げ窓から中身を捨てた。
「志保姉ちゃん! ダメだよそんなことしたら!」
「あんたね、同じ止めるなら吸い過ぎを止めなさいよ」
「だって姉ちゃん言っても聞かないし」
「当たり前」
「大介さんー、何とか言ってよー」
 頬を膨らませて圭が抗議する。
 こんな時だというのに、まったく。
 それでも自分の口元がほころぶのを認めない訳にはいかなかった。先刻までのぎすぎすした
感情が霧散していく。
「大学の二次試験、明日じゃないんですか」
「……あんたも妙なトコ突く人だねぇ」
 志保が肩をすくめてみせる。「なるようになるさ。第一こんな状況じゃ実施も怪しい。
どうなるか分からないことをあれこれ心配するほど、思考回路は優秀にできてないんでね」
「俺で良かったら家庭教師しますよ。少しでも勉強しておかれたら?」
「いい度胸だ。でもあたしが受けんのは薬学科だよ?」
「理数系は独学でやってます」
 はぁーん、と笑って立ち上がると、
「それよりあんた、少し睡眠とったら? あんたのことだ、昨日もろくすっぽ寝てないんだろ。
いくら何でもあんたまで倒れちゃ、誰が圭をサポートすんのさ?」
「眠るわけにいきませんよ」
「そう言わずに。今のうちって考え方もある。やることない内に休んどきな」
「そうだよ、大介さん。僕起きてるからさ、少し休んでよ」
「でも……」
 志保が壁際の本棚に近寄り物色するように眺め回していたが、分厚い本を数冊手にして
戻って来た。
「何かあったら起こしてあげるから」
「は?」
 聞き返そうとしたところへ本が落ちて来た。疲れきった反射神経は反応することもなく、
大介は暗闇の中に突き落とされていった。


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