多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場オリジナル小説目次→総理大臣、ただいま仮免中!5-3


「ちょっとあたし、メシ食ってくるから。あんたそこにいなさいよ」
「はーい」
 今田から定時報告を受けたが、十時の現在でも状況は変わっていない。大蔵省が
政府の金をごっそりとられたとか大騒ぎしていたらしいが、それもコンピュータがダウン
していては何の措置も取れず、カンカンになりながら代理のパソコンを使えるように
作業しているとのことだった。
 相変わらず交通の混乱は収まらず、それどころかこのパニックの有り様を一目見ようと、
平和ボケしたやじ馬が増えて都内の混乱は目に見えて悪化しているそうだ。このような
かつてない非常事態に出動した警察や自衛隊も、どうしようもない状況に、少しずつ動揺が
広がりつつあるという報告を受けている。特に、義理人情を重んじる――ゲマイなんとかと
言っていたが、首をひねっていたら佐々木が説明してくれた――集団であるため、政府が
安全なところから指示を下していることに少なからず不満を漏らしているらしい。
 明日顔を出してみよう。人が頑張っているのに、自分がここにいるのはやっぱりいけない
ことだ。
 志保が出て行くと部屋の中は急に静まり返って、圭は椅子に乗ったままくるくると回って
みた。すぐに気分が悪くなってやめる。
 テレビをつけてみると、首相官邸前が映し出されていた。てけてけとソファのところへ
歩いていって、大介が起きていないか確かめて、ボリュームを少し落とした。
「ふーん、寒いのに大変だなぁ」
 白い息を吐きながらレポーターが状況説明をしていた。この状態はいつまで続くのか、
とか、都市部での交通手段の依存性がどうのとか言っている。
 急にデスクの方から学校のチャイムに近い音がして、圭は飛び上がった。あわてて
近づくと、フリーズしたまま放ってあったパソコン画面に、何か文字が浮かんでいる。
「えーっと、何々、マウスでここをクリックして下さい……?」
 クリックって多分こうだよなー、とマウスをいじってみる。画面に新たなメッセージが表れた。
「あなたの名前を入力して下さい???」
 おっかなびっくりキーボードを右手の人差し指で押していく。画面に「たきもとけい」と入った。
「なーんだ、初めてでも出来るじゃん。下手に触ると爆発するって一美姉ちゃん言ってたけど、
気を付ければ大丈夫なんだ」
 満足していると、大介がもぞもぞ動くのが見えた。またもあわてて飛んでいって、のぞき込む。
 大丈夫、寝返りを打っただけらしい。よく寝てる。疲れてるんだな。
 デスクに戻ると、字幕付き映画のような画面になっていた。男が一人椅子に座りこちらを
向いて口をパクパクさせている。下に出ている文字は男が話している内容なのだろう。
「えーと、われわれは、現政権の、解散を要求する。早急に、記者会見、開かれたし。
えーと、要求が、のまれない場合は、国会議事堂及び霞ヶ関ビルを、破壊することによって、
強制的に、我々の、支配下に置く。……世論は、我々に、好意的である。政府は最早、
孤立している。二十四時間以内に、発表せよ。……これって、佐々木さんの言ってた
要求なのかなぁ。難しくてよくわかんない」
 画面の男が次第に遠ざかった。映しているカメラが遠くなったのだ、とやっと理解した時、
隅に見覚えのある物が見えた。
「あれ?」
 よく見ようとして顔を近づけると、それを察知したかのように画面が暗くなった。通信が
途切れたらしい。
「どうしよ……。これ、録画されてないのかなぁ」
 マウスをくるくると動かしてみるが、フリーズ状態は解除されているものの、何をどう
動かせばいいのか分からない。
 もう一度大介を見た。ぴくりとも動かず眠り込んでいるのを見ると、起こすのは
気が引けた。
 志保姉ちゃんも戻ってくるし、大介さんが起きれば多分分かるよね……。
 画面が暗くなるその一瞬前に見えたもの。絶対という確信はないが、何かの手掛かりに
なるかもしれない。ここで何も出来ずに報告を聞いているよりはましだ。
 それでも、出掛けるときは行き先を教えなさいという母の教えに従って、圭は引き
出しを開けてメモ帳を取り出すと、
“志保姉ちゃんと大介さんへ。
  気になることがあったので、新宿へ行ってきます。帰るのはいつになるかちょっと
分かりません。何かあったら携帯に電話してください。
 犯人の要求がありました。記者会見で、解散を発表して欲しいそうです。しないと、
議事堂とかビルが壊されちゃうそうです。
 二十四時間以内に発表しろって言ってました。
  それでは。
 PS.公邸台所の冷蔵庫にあるプリンは僕のです。勝手に食べないでね”
 大介が目を覚ましたらすぐ気づくよう、そっとテーブルに置いて圭は足早に部屋を出た。
会議室の前を通ると、ドアが少し開いている。通りすがりにのぞいたら、こちらに背を向けて
吉田達がソファにふんぞりかえってテレビを見ていた。見えなかったがボソボソ聞こえてくる
話し声からしてテーブルの方には、電話に食いついている大臣がまだ数人いるはずだ。
自己判断で帰宅していただくようにしました、と確か報告が来ていた。
 反対側の秘書室はドアが閉じられているが、今田が電話で応対しているらしい声や
、FAXの排出音が聞こえてくる。
 皆、ちゃんとやってるんだよね。僕も、やれることはやらなきゃ。
「どっこ行くのぉー?」
 二人、中で何か事務作業をしているSP室を通り抜けたところで呼び止められ、ぎょっとして
振り向いた。美奈子がニコニコしながら近寄ってくるところだった。
「……ちょっと新宿まで」
「ちょっとって……交通、マヒしてるわよ?」
 圭は少し考えて、
「自転車ありましたっけ」
「使用人用のがあったわよ。鍵ついてるはずだけど」
「ありがとうございます」
「待ちなさい」
 襟首をつかんで引き戻された。どうもこの人はみかけによらず乱暴だ。
「ネクタイ、曲がってるわ」
「あ、ども」
「……ねえ」
 美奈子が首をかしげて言った。「表玄関から出たらマスコミに囲まれるわよ」
「そうなんですか?」
 呆れたような顔をされた。いや、実際呆れられたのだろう。
「公邸玄関から出て左手の方へ歩いて行くと自転車があるから。そこから使用人専用の
裏口が見えるはずよ。非常警戒中だけど、そこは使用人もあまり使わないから死角に
なってるはずだわ」
「ありがとうございます」
 親切なんですね、と言ったら「私も一人で出たい時はよく使ってるから」と笑われた。
 ぺこりと頭を下げて、廊下を歩きだした。ふと、いつもの香水の匂いがしなかったことに
気づいた。


「あーらら」
 頭上で変な声がして大介は目を覚ました。すぐに現状を把握して跳ね起きる。腕時計は
午後十一時を指していた。思わず貧血をおこしかけて、片手でソファの背もたれをつかむ。
テーブルの方へ体を向けると、志保がメモ用紙を眺めていた。
「おや、おはよう」
「おはよう、じゃない! 何てことするんだ!」
「でもよく寝れたでしょ? 脳の活性化には必要なことさね。それより、これ」
 目の前にメモ帳が差し出された。サッと目を走らせてその内容にめまいを覚えた。しかも
プリン。そんな場合じゃないだろう!
「最悪なタイミングだ……」
「いやー、さらに拍車掛けるようで悪いんだけどさ」
 志保が目線の高さに右手を上げてみせる。
「デスクの下におっこってた」
 プラチナブルーの携帯電話が握られていた。大下にもらって大喜びでつけていた、
キャラクターマスコット付きストライプが本体の大人びた色とミスマッチだ。
 大介は深いため息をついた。起きてこれでは、まだ覚めない悪夢にうなされて
いる方がましだ。
「おい、圭は?」
 大下が飛び込んで来た。「さっき赤坂のKホテル前で、チャリに乗ってる圭を見かけた
って情報が入ったんだが!」
「あー、多分本人だわ」
 志保の口元でジョーカーがゆれて、灰がじゅうたんに落ちた。
「新宿に行くってさ。どうする、緊急配備を敷く? 更に混乱しそうだね」
「……総理は、これからのことに備えて部屋で待機中です」
 大下は志保の顔をうかがった後、分かった、とうなずいて出て行った。大介は立ち
上がると部屋の中を見回した。
「何してんの?」
「俺が眠らされてから、どういうことになってた?」
 前半にちょっとアクセントを置いて発音してやったが、志保はけろりとして答えた。
「えっと、一時間毎に今田さんだっけ? 報告があって、各省庁の状態は依然変わり無し。
ああ、十時の報告で大蔵省から資金が強奪されたって言ってたっけね。あの人達は
廊下向かいの会議室にずっと詰めてるようだよ。あたしと圭はここで待機してた。十時過ぎ、
あたしはメシ食いに行って、さっき戻ってみたらこうなってた、と。――あれ、そういや
副総理を見てないや」
「あんな女は放っとけ」
 デスクに近づくと、パソコンの画面内でボールがはねるだけのシンプルなスクリーン
セイバーが作動していた。
「これか!」
「何?」
「状況から判断するに、圭が単独行動をとれたのは、犯人が彼一人に接触出来た
からだ。つまり、この部屋の中でということになる。なら今作動しているこれしかない
だろう」
「流石だね」
「あんなメモじゃ、何か言いたいんだかさっぱりわからん!」
 投げやりに吐き捨ててスクリーンセイバーを解除すると、初期画面が表れた。
「打つ手はある」
 後ろで、窓ガラスがガタガタと風に揺さぶられる音が聞こえた。


 奇妙な感覚だった。すべての信号が沈黙し、朝からあれほど交通手段にてこずら
されているというのに、街は相変わらず人であふれかえっている。形容詞としてよく
使われる、「眠らない街」というのはどうやら本当のことらしい。確かに何時になっても
必ずどこかの店が開いているし、自転車やバイクもある。警官の指揮に従って都営
バスは運行しているのだから、帰宅時間との折り合いが不便だというくらいは気に
ならないのかもしれない。
 身の危険がなければこれくらいのことはスリルに置き換えられる。
“別に食べ物がないわけじゃない、遊べないわけじゃないし、いいよね?”
“政府のコンピュータが止まった? それって何か困るの? あたしら関係ないじゃん!”
 夕方の街頭インタビューで、ガムをかみながらそう答えていた少女達がいた。真っ黒く
化粧した顔に白い口紅を引き、さながら昔童話で読んだ魔女のようだった。
 自分と同い年のはずなのに、コンクリートの壁で仕切られているような感覚を覚えた。
佐々木が、「何という危機感のなさだ」と呆れていた。
 でも、と思う。
 圭自身こうして街を通り抜けながら、中央官庁が機能しなくなるということは実際
どうなることなのか、よく分からない。
「ごきげんいかが?」とからかい交じりに電話して来た双葉に尋ねたら、「この状態が
続けば極端な話、外国の植民地ね」と言っていた。そういえば大介さんも日本乗っ取りと
いう言葉を口にしていたっけ。
 やっぱり僕には分かんないや。
 見覚えのある看板に、自転車を止め少し迷ってからドアの把手を引いた。
 ドアに取り付けられた鈴が鳴って、カウンターでコップを拭いていたメグがこちらを見た。
今日も目がくらみそうな色の装いだ。
「あら、総理じゃない。志保と来たの?」
「ううん、僕一人。それより、昨日僕に人形をくれた人、来てる?」
「ユウヤのこと? 二階でマージャンやってるわ。呼ぼうか」
「お願いします」
 街はやじ馬でごった返しているというのに、店内に客はいない。キョロキョロしていたら
カウンターへ案内された。ここもまた、真っ赤な台に椅子は緑という目に突き刺さりそうな
色彩だ。いったいどういう人間がここに座るのだろう、とふと思った。
 奥に引っ込む前に出してくれた紅茶――これは普通の色だった――を一口飲んで息を
吐き出した。雪がないとはいえ、冬の夜は自転車で三十分走るには向いているとは
言えない。
「おう、俺に用事?」
 缶ビールを片手に持って、緑頭の男が姿を現した。この寒いのに、トレーナー一枚にGパン。
上着を羽織っていない。思わずこっちが身震いしてしまった。
「あの、いきなりすみません。昨日の人形のことで聞きたいんですが」
「えっ何、気に入った? いくらでも持っていっていいぜ!」
「あ、そういうことじゃなくて……」
 もらったっていってましたけど、まだ会社にもあるということでしたよね、それが置いて
あるのはどこか知りたいんです、と言うとユウヤはうーんとうなって椅子に腰を下ろした。
「ミナミ、今北海道じゃなかった?」
 またカウンターに戻ったメグが言った。
「あの件で責任とらされて飛ばされたんだよ」
 ユウヤは缶ビールをテーブルに置くと、携帯を取り出し耳に当てた。赤白青のストライプが
電話本体に塗られているのを見て目を見開く。
 そういえば一美姉ちゃんが、携帯電話の色を変えるとか言ってたっけ。僕も今度やって
みようかな。
「――俺、ユウヤ。お前さあ、あの人形のさあ、――ああ? バカ、ちげーよ、総理が倉庫を
知りたいんだとよ! よこした十箱の他にツブれた会社のが二十あるんだよな? は? 
とっくに売り払った? おう、わかった。そう言っとく。じゃあな」
 プツ、とボタンを押して、ジーンズの後ろポケットに突っ込むと、
「何か、保管庫ごと買いたいってぇ奴がいて、少しでも穴埋めになるんならって売ったってよ。
場所は――おい、メグ書くもんくれ」
「ほらよ」
 メグがレジから伝票を取って来て、無造作に投げてよこした。
「どうもありがとう」
 そのメモを丁寧にポケットへしまって、圭は店を出た。ユウヤが入り口までついてくる。
「何か、大変らしいな」
「ですね。僕、官邸にいても出来ることがなくて」
「ま、それが何かの役に立てばいいな」
「はい」
 開いたドアから店の公衆電話が鳴る音が聞こえて来た。チラリとユウヤの後ろに見えた
それは、やっぱり思った通り赤かった。
「ちょっと、ユウヤ出なよ。洗い物で手が離せないのよ」
「わーったよ。じゃあな」
「ありがとう」
 不意に風が吹き付けて来て、首筋に忍び込んだ冷たさに身をすくませた。もうすぐ三月に
なるというのに厳しい冷え込みで、夏生まれの圭としては冬眠したい気分だ。
「さぁ、頑張ろう!」
 地上からでは色とりどりのネオンで空も見えない。交通規制が敷かれていながら街を
埋め尽くすこの人達は、何を目的に歩いているのだろう。
 そんなことを思いながら、自転車をスタートさせた。誰も自分が楽しむことに夢中で、
圭のことなど見向きもしなかった。


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