多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→高遠遙一の回顧録(「高遠遙一の回顧録」より)3-3




「どうかされましたか!」
「医者を呼んで下さい!」
 警備員へ背を向けたまま怒鳴りつつ、洗面所に駆け込む。大木ともすれ違ったから、
駆けつけているだろう。
 水を汲んで戻ると、一達を遠ざけて大木が三田を介抱しているところだった。警備員は
一達を抑えつつオロオロしている。
 苦しそうに胸を抑えてうめく三田は、豊田を見ると、
「と、豊田君……あいつだ、た、高遠が……!」
「三田さん、水を!」
 三田は震える手を伸ばしてそれを受け取り、半分飲み――そのグラスがシーツに
落ちた。ジワリとしみが大きくなっていく。
 急に音を発するものがなくなって、室内は不気味なほどに静まり返った。
 三田の上半身を支えていた大木も、状況が把握できずぽかんと彼の顔を見つめている。
「どいて下さい!」
 時を動かしたのは明智の一声だった。豊田を半ば強引に後ろへ引かせると、全体を
ざっと見回して三田の右腕を取った。
 そして喉に手を当て、大木を三田の体から離した後冷静に、
「全員隣の応接室に移動して下さい」
と言った。
「な、何が……」
 さしもの大木も動揺を隠せない。青ざめた顔で三田と明智を交互に見ている。
 明智はため息をついて上着の内側に手を差し入れた。黒い表紙の手帳を取り出し
身分証明欄を見せると、
「警視庁捜査第一課の明智です。皆さんにはこのまま機捜が到着するまで待機
願います」
 その隣で剣持が携帯の電源を入れて連絡をしている。
 普通のスキャンダル記事のはずが、思わぬ方向に向かいつつある。
 豊田はふとそう思った。


 グッドニュースとバッドニュースとでは、後者の方を先に発表するのが普通であるが、
どちらから先に言ったとしても記者会見の場は荒れそうだった。
 十一月十五日。
 一つの誘拐事件が奇跡的な救出劇と共にめでたく解決し、いろいろときな臭い噂の
あった神奈川県警察OBが警官の目の前で毒殺された日。
 世間ではそう記憶されるだろう。
 病院のロビーで「特別報道番組」を眺めながら、豊田はそんなことを考えていた。画面
内ではキャスターが慌しく原稿をあっちへやりこっちへやりしながら、耳のイヤホンを
時々はめなおしてニュースを伝えている。
 先ほど行われた警察の記者会見の映像が流れているが、「詳細は捜査中」という
ようなことしか判明していないため、キャスターやゲストもコメントに苦労しているようだ。
 三田が息を引き取ってから直ちに機捜による初動捜査と、その場に居合わせた者
全員の身体検査が行われた。が、不審物は発見されず―― 一のポケットからガムの
包み紙やらお菓子の空箱を丸めたものが出てきたのを除いては――、その場の
切から毒物反応が出なかった、、、、、、、、、、、、、こともあって全員ひとまず解放された。
 つまりは、豊田らを事情聴取している間に行われた迅速な司法解剖によって、三田は
毒物による死亡と判明したのであり、どうやって彼が毒を飲むに至ったかは未だ特定
されていない。
 持ち物から毒物反応が出たり、それらしいものを持っていればすわ犯人逮捕となる
のだろうが、まったくと言っていいほど皆無だった。
 そう、彼が直前まで食していたうどんやその食器、水の入っていたグラスからも毒物
反応は出なかったのである。
 その報告を知らせてくれたのは明智だったが、余程プライドを傷つけられたのか
抑えた口調に微妙な感情を豊田は感じ取った。
 そうそう、解放されてからずっと黙り込んでしまったこの目の前の少年も。
 剣持と明智は捜査に協力するとかで、現場の方へ行っている。警官としか知ら
なかったが三田の病室で捜査一課と名乗ったところをみると、殺人担当の強行犯係
なのだろう。
「やっぱ、もう一回見せてもらうか……」
 一がそうつぶやいて立ち上がった。そして豊田の視線に気がついて、
「ああ、豊田さんはどうされますか?」
「取材はダメになってしまったし、埋め合わせにこの事件でも書かせてもらいますかね。
一応記事で食ってる人間なんでね。その許可さえもらったら帰りますよ。一応身元
確認は済んでるし、帰ってもいいですかね?」
「ええ、結構です。すいませんなぁ、引き止めまして」
 松葉杖をつきつき剣持がやってきた。
「そうですか。まあ、仕方ないですね……。ほとぼりが冷めたら三田さんの家へ伺う
つもりですよ。一応長い付き合いでしたからね」
 鞄をつかんで立ち上がりながら、ということは、だ、と考えをめぐらせる。
 以前よりいろいろな噂のあった三田と大木だ。警察の方は大木を重要参考人として
マークしているのかもしれない。
 確かに自分はしがないルポライターである。動機がないと踏んだのだろう。
「じゃ、失礼しますよ」
 軽く頭を下げて豊田はロビーを後にした。

 だが、警察の予想に反して一向に有力な手がかりは得られず、二ヶ月経った今も
捜査は進展していない。
 三田秋彦宅では故人を偲ぶ沢山の関係者が集まったが、都合が悪くなったと電話を
かけて豊田は姿を現さなかった。


     BACK           TOP            NEXT


多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→高遠遙一の回顧録(「高遠遙一の回顧録」より)3-3