多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場→高遠遙一の回顧録(「高遠遙一の回顧録」より)4-2




「警察の面目丸つぶれですね」
 たった今目を通し終わった報告書をデスクに投げ出して、明智はため息をついた。
 大部屋と呼ばれる広い部屋。約二百四十人が所属しているこの捜査一課は、
しかしいつも十数人程度しかいない。それほどこの首都は病んでいる。
「明智管理官、荷物が届きました」
 総務課の女性警官が紙袋を手にやってきた。表に警視庁近くの書店名が
記されている。
「ああ、ご苦労様」
 にっこり笑って受け取ると、たちまちその女性は顔を真っ赤にして「いえ、仕事
ですから」と口ごもりながら足早に去って行った。何となくそれを目で追っていると、
入り口のドアを細めに開けてこちらを注目していた他の女性警察官達に気づいた。
戻ってきた彼女に何やら文句をいいながら一緒に帰っていく。
 何をやってるんでしょうね。
 内心苦笑しながら明智は包みの封を解いた。
「何ですか、そりゃあ」
 机に腰掛けてコーヒーをすすっていた剣持がやってきた。
「例の小説ですよ。なかなか手に入らなくてね、取り寄せをお願いしていたんです」
「ああ、あれですか……」
 途端に剣持も苦い顔になる。
 ゴールデンウィークも終わってそろそろ五月病が蔓延し始めようかというこの季節。
 連載当初から多大な関心が寄せられていたあの小説は、本として出版されるや
否や「捜査資料」として警視庁が手に入れようとしても倉庫に残っているどころか
編集部の人間さえ現物を見ていないというほどの売れ行きをみせた。あと十万部
ほどで山之内作品の売上を抜くそうだが、それも一週間待たないだろうという噂である。
 当事者でない人間にとっては、いかなる事件も対岸の火事でしかない。そんな人間の
腹黒い一面をまざまざと見せ付けられる騒ぎだった。
 そして世論を巻き込んで謎を解き明かそうとする人間達の熱心な議論が、そこかしこで
交わされていた。
 あの事件から約七ヶ月。神奈川県警上層部のあからさまな厭味と重圧を受けながら、
それでも捜査本部は何ら進展をみせることなく一ヶ月前に解散した。第二強行犯係
――いわゆるケーゾクである――に捜査を引き継いで。


『ある犯罪者の独白』
 真っ白い表紙に赤インクでそれだけ記された非常にシンプルな表紙。帯には、「空前の
推理ブームを巻き起こした、ある記者の命をかけた記事」などと振られている。
 明智の脳裏にあの時の状況が浮かんできた。
 豊田一珂こそが犯人だと。
 彼は確信していた。
 豊田が帰った後数時間して、一が発見した。
 手渡された時確かに彼の名と連絡先が明記されていた名刺は、取り出してみれば
まったく異なったものになっていた。

"TAKATO YOICHI
余計なピエロは排除させてもらいましたよ"

 簡単なアナグラムだった。豊田一珂をローマ字に直して置き換えれば「高遠遙一」
になる。
 その紙片を握りつぶしたい感情を何とか抑えたのは、謎を解明することへの
執着心からだ。
 どうやって、はまだ分かっていない。
 本物の豊田一珂はこの事件を境に消えうせた。それから考えれば三田を協力者と
してではなく、都合のいい情報提供者として見ていたことが分かる。
 適当なライターに金をやって「豊田一珂」を名乗らせ、三田に近づく。彼から入手した
情報は高遠が受け取り、同時に彼が裏切り者とならないように監視する。
 どこまで用意周到な男なのだろう。もしかしたらその「豊田一珂」でさえ、人知れず
始末されているのかもしれない。
 起きてもいない犯罪を可能性だけで調べることは出来ない。
 巧みに張り巡らされた罠に、こうもはまり込んだのは初めてだった。
「警視、何か落ちましたよ」
 表紙を開いたとたんに滑り落ちた紙片を、剣持が拾って寄越した。本代の請求書
だろう、と広げて明智は凍りついた。



"善良なる観客ならばきっと、このトリックはたやすく見抜けることでしょう"



 紅いインク。見覚えのある文体。
 明智は急いで本をめくった。


『三田秋彦氏を殺害した犯人、それは』
『説明は不要でしょう』
 そう書き加えてあった。
 明智は本を片手に立ち上がって、入り口へ急いだ。
「警視、どちらへ?」
 慌てたような剣持の声。
「金田一君の家へ、です。私だけが解答を知るのはフェアではありませんから」
 返事を待たずにドアを閉めた。


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