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「やっぱりそうだろうとは思ってたけど」
明智と同じところまで読み進んでから一旦目を上げ、一はそう言った。隣で美雪と
佐木が本を覗き込んでいる。剣持はここへやってくる途中でザッと目を通していた。
「……あの時気がつくべきでした。食事が運ばれてきた時にね」
「え? どういうことですか」
本を読み終えて紅茶に手を伸ばしていた美雪が首をかしげる。事件のあらましは
頭に入っているようだ。
明智は一から本を取り上げて、数ページめくると、
「いいですか、ここを確認して下さい。食事が届いた時に豊田――高遠は『まだ
一時半ですよ』と言っている。私はおやと思ったのですが、彼が何度もやってきて
いるのなら不自然ではないと考え直しましてね。水差しを探していたということは、
あの部屋へ入るのは初めてだったと思い当たるべきでした」
「あの、すみません。話が今一飲みこめないんですが……」
恐る恐る佐木が口をはさむ。もちろんハンディカメラは回したままだ。
「考えてもみろよ。普通昼時を外して飯が運ばれてきたんなら、『これから食事か』って
思うだろ? 『まだ一時半だ』という発言は、食事を既に済ましてることを知ってなきゃ
出てこないぜ」
一の言葉に美雪が「あっ」と短く叫んだ。剣持も「そうか!」と驚いている。
「高遠は用意周到な人間です。恐らく三田が、『豊田一珂』に連絡を取ってから
あの病院に何度か足を運び、細かく調べていたのでしょう」
ううむ、と剣持がうなる。
明智は優雅なしぐさで紅茶を口に運んでから、
「とすればです。当然三田が出前を取ることも知っていたはず。毒を仕込むとすれば
あの時私達の目の前で堂々とやってのけたわけです。何も気づいていない私達を
あざ笑いながらね」
「明智さんはもうこのトリックを解かれたんですか?」
上目遣いで美雪が尋ねる。隣の一に時々視線を向けるのは、推理の結果で何度も
この二人が対立してきたのを嫌というほど見ているからだ。
「金田一君はどうなんです?」
珍しく明智が一に水を向けた。一はクッキーを一つつまんでかじりながら、
「もう解けてるさ」
と言った。
「うおっ!?」
素っ頓狂な声をあげたのはもちろん剣持である。
「えっ? じゃどうして捜査は進展なしってことになってるんですか、先輩。先輩の
推理を話せば、すぐにだって――」
一は面倒くさげに頭を掻くと、
「証拠がねーんだよ」
「犯罪というものは何らかの証拠がないと立件できないんですよ。勿論三田秋彦が
殺害されたのは明白です。しかし『誰が』『どうやって』を裏づけのある捜査で証明
出来ない限りどうしようもないんですよ。推理だけで犯人を逮捕できたら法の秩序
どころではありませんからね」
という口ぶりからすれば明智が捜査本部に求めていたのは、証拠物件を探し出して
くることだったのだろう。
怪我の治療中だったこともあり、剣持はこの捜査には加わっていなかったのだ。
「とは言っても、俺が事件の謎を解いたのはあの『豊田一珂』が高遠だったと
知ってからだ。当然狡猾なあいつのことだ。その間に悠々と証拠を始末していた
だろうな。ま、残るようなやり方でもないだろうけど」
「ちょっと待って一ちゃん。何となく高遠が食べ物に毒を入れたっていうのは分かるけど、
身体検査で毒物反応が出てこなかったわけでしょ?」
「確か、不審な物も持っていなかったということですよね?」
美雪と佐木が矢継ぎ早に質問してくる。それには答えず一はキョロキョロと
テーブル上のものを眺めると、
「おい佐木、ちょっとこれを食べてみろ」
と菓子を差し出した。球形をしたガムである。
「何ですか?」
ひょいと口に入れてしばらくもぐもぐとやっていたが……。
「うわーっっっ! 何ですかこれ!」
顔をしわくちゃにしながら自分のカップを引き寄せて、冷めかけていた紅茶を一気に
あおった。
その途端。とても日本語に直せない音を発しながら佐木は階段を駆け下りていった。
カメラを手から離さなかったのは、助手を自負する彼ならではだろう。
「ま、多分こんなところでしょうね」
明智は眉一つ動かさずカップを傾けている。止めなかった所をみると事件解明は
身をもって、という主義らしい。
「何だ? 何が起こったんだ?」
剣持は美雪と一緒に佐木のカップを覗き込んだが、何も発見できなかったのか
首をかしげながらそれをソーサーに戻した。
「ははっ、佐木に渡したガムはこれだったんだよ。でもって、紅茶にはちょっと塩をね」
一の手にガムの小箱が握られている。一時期流行した、噛むと非常に辛い味が
するというものである。そして彼のカップを剣持達に見せた。底に残っていた
半透明の塊をすくって舐めて、剣持は顔をしかめた。
先ほど覗いて砂糖の溶け残りと思ったものは塩だったようだ。
少しして佐木が半泣きになりながら戻ってきた。
「先輩、僕で実験するなんてひどいですよー」
「いや、悪りぃ悪りぃ。一番俺に近かったからやりやすかったんだ」
言葉の割りに悪びれた様子もなく、一は笑ってみせた。
「じゃあ一ちゃん。毒は二つに分けて入ってたってこと?」
「ブブー」
明智は優しい笑みを美雪に向けると、
「七瀬さん、もう一度思い出してみて下さい。三田が直前まで食べていたうどん及び
その食器からは、毒物反応が検出されなかったんです」
「あ、そうか!」
流石に被験者は気がついたようだ。
「毒は水に入っていたんですね!」
「お? しかしコップからも毒物反応は出とらんぞ」
首をひねる剣持の言葉に一は苦笑して、
「おっさん、ちょっとは考えろよ。あの時高遠がどんな行動を取ったか」
「私達の目の前で、彼は堂々と証拠を隠滅したんですよ」
「何ですと!」
流石に剣持は目を見張った。
「じゃあ水差しを壊したのもわざとなのね」
「そういうことだな」
「つまりあの事件のトリックはこう説明出来るでしょう。うどんが運ばれてきて大木から
それを受け取った高遠は、三田に渡す一瞬私達に背を向けた。その隙に何か香辛料を
入れたのでしょうね。三人の観客より、一人の観客の目を盗む方がはるかにたやすい」
「香辛料を一瞬で?」
剣持はまだ合点がいかないという顔をしている。
「さっきのガムは手抜きだけどさ、水溶性の紙によく効く香辛料を包んでおいて
手渡す際にうどんの中へ入れれば、他に何も用意はいらないだろ?」
ピーナッツをつまみあげて、「これくらいの大きさでも量としては十分だろ」と付け加える。
「そうして三田さんがむせたところへ、毒を入れた水を手渡す。私達は三田さんの方を
見ていましたから、この作業はそれほど難しくもなかったでしょうね」
「でも普通毒を飲んだらすぐに死ぬんじゃないですか? そうしたら部屋から出る高遠は
真っ先に怪しまれますよね? 結構危険な賭けじゃないですか」
一は佐木の目の前で人差し指を左右に振ってみせた。
「奴は遅効性の毒を使ったんだよ。コップを洗う時間がなけりゃ仕掛けがばれちまう
からな。どのみち俺らがいなくても誰かを証人に仕立て上げるつもりだったんだろうけど」
「じゃあ、一ちゃん達が病院にいたのは偶然としても、高遠が一ちゃん達を連れて
行ったのは計算しての上なのね?」
美雪はそう言ってぶるりと身震いした。彼の恐ろしさは幾度となく目の当たりに
している。冷たい、何も映さない氷のような目をした魔術師。
「この上ない証人でしょうね。私達を利用するとは、まったく腹立たしい」
そして明智は思い出したように、
「この本には結末が書かれているそうですが、どうしますか」
一は軽く鼻を鳴らすと、
「見てやろうじゃねーか。奴がどんな結末を望んでいるのか」
一の周囲に集まり、彼らはそっとページをめくった。
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