多分花鳥風月→金田一、コナン的読み物ページ→小説置き場→金田一vsコナン「透明な殺意」→第四章1→第四章2→第四章3
ほんの、数時間前の出来事。
楽しい時間が早く過ぎるのは、誰にとっても同じことのようで、ハッと顔を上げた時には――と
いうのはややオーバーだが――八時を回っていた。
「うっわー! 始まっちまうじゃん!」
すくったゴム風船を片手に公民館の方へ急いだ。
調べものに思いのほか時間がかかり、ついでに桜井署に寄っていろいろと情報を仕入れて
いたため、一と明智が戻ってきたのは午後四時。自分が言い出したことだからさすがに文句は
言わなかったが、過ぎた分を取り戻そうとばかりに一心不乱に遊んでいた。
あらかじめ示し合わせた通り、既に三人は到着しており、遅れた一を待っていた。
「ワリーワリー」
「おっせーよ!」
「大阪やったらお前、放っとかれるぞ」
「……」
明智は冷ややかに一瞥しただけだった。ムッとしたがまあ悪いのは自分なので、言い返さずにおく。
公民館は道路に面した方の雨戸がすべて取り外され、舞台としてしつらえられていた。ライトも
煌煌とともされ、昼間のように明るい。その前の駐車場にはゴザが引かれ、座り込んでみられるように
なっている。今演じているのは、芽の輪を手に持っているから鐘馗だろう。
見学が目的ではないので、道路のガードレールによりかかるようにしてそれを眺めながら、四人は
並んだ。
「何か分かったことはありますか」
コナンが言った。明智はうなずいて、
「とはいっても朗報ではありません。政子さんの死が急性アルコール中毒による心不全と判明した
ことと、政美さんの方は、外傷性出血による失血死ということです」
舌をかみそうな単語をメモ無しでペラペラとやれるのは、刑事の面目躍如というところだろうか。
「それから、残念ながら政史君と政世さんの件については進展は有りませんでした」
「こんな噂の広まり易いところじゃ、うっかり聞き込みも出来ねーだろうしな」
「キッドの件は桜井署の方に言うたんか?」
服部の問いに、明智はすぐうなずいて、
「ええ。そんなものはないでしょう、ということでしたよ」
「何が」
このままいくとあうんの呼吸で会話が進んでしまいそうだったので、急いで一は口を出した。
「キッドが狙うような宝があの家にないってことさ。あの衣装は確かに百万単位の代物らしいが、
社中の財産だ。とすればやはり、キッドがあのカードを出した可能性は消えたな」
「待てよ。今あそこには、いろんな衣装があるで」
服部が指差した先には、朝訪ねた幕がある。
「万が一、ゆーこともある。ちょー、顔出していこ」
「今、忙しいんじゃねーか?」
「構へん。何やったら手伝うし」
言い出したら即実行――そのうち半分は言いながらやり始めている――の服部は、もう一足
先に歩き出している。
「この後確か、おおとりのヤマタノオロチやるんやろ?
せやったら多分、職人ハンの目も舞台の
方へ行っとる、思うで」
「キッドでなくてもせこい泥棒くらいはいるかもしれませんね」
昼間と違い、今は警備の警官も数人いるだけだ。起こるかどうか分からない事件の為に、
そうそう人員を裂く訳には行かない。こうして朝から交代で数人来ているのも、明智の後ろにある
警視庁の七光りのおかげである。
「すんません、お邪魔しますワー」
入っていくと、シートに座り込んで職人達がお茶を飲んでいる。朝から寒かったが、日も沈んで、
動かない分余計に冷え込むのだろう。
「兄ちゃんらか。茶しかないけど飲むか?」
「おーきに! もらいますー」
「おっちゃんと政良さんは?」
コナンがお茶の入った紙コップを受け取りながら尋ねる。
「大将とぼっちゃんは、外で道具出し手伝っとるよ。今夜のオロチは三社中合同だけぇ、オロチも
二十四匹出るけーな。わしらは交代で休憩中」
「それにしても今日は寒いでー。じっとしとるんも寒いけー、ちょっと手伝ってくるわ」
「おう」
まくりあげていた袖を下ろしながら、ひげ面の男が幕を上げて出て行った。
「あー、やっぱりここにおんさったよー」
美恵が誠と入ってきた。浴衣に着替えている。
「良江さんは?」
明智が言った。
「奥様は祭りがあまりお好きではないので、家にいらっしゃいます。いつもそうなんですよ」
「そうですか」
「なんや今日のオロチはごっつぅすごいんやてなぁ!」
「ええ」
と、美恵は時計を見て、
「しばらくは須佐之男命の舞が続きますから、オロチが出てくるとしたら四十分から五十分後
くらいですね」
「あ、誠君」
「はい」
さっきの男が戻ってきた。
「ちょっと手伝ってくれんかね。オロチの蛇腹出しに手間取っとってな」
「わかりました」
誠が立ち上がる。
「何や俺らも手伝うわ。金田一、行くで」
「何で俺なんだよー!」
反論もむなしく、服部に襟首をつかまれて一は引きずられていった。
「明智さん! コナン! 来てくれ!」
やや乱暴に幕を跳ね上げて、一が飛び込んできた。コナンが反射的に時計を見ると、八時
三十分。彼らが出ていったのはほんの十分前のことである。
パッと飛び出すと、前方に人垣が出来ているのが見える。
公民館の裏口のようだ。
「何があったんですか、金田一君」
明智が言った。
「政江さんが撃たれた、と思う。多分」
「服部は?」
尋ねると首を振って、「方向を確認して走って行った」
「無茶なことを!」
明智が立ち止まり、上着の内から拳銃を抜いた。
「どちらの方向ですか!」
一が裏口のまっすぐ先にある林を指差す。十メートルも離れていない。明智は躊躇することなく
そちらへ走って行った。
気候に関係なくスーツを着ていると思ったら、申請して拳銃を携行していたらしい。普通、
刑事が休暇を取る時は、拳銃や手錠の携行は許されていないのである。
やっこさん、ひょっとして出張扱いにしたか?
ちらりとそんなことを考えもしたが、すぐにそれを振り払って一と一緒に人込みを掻き分けて行った。
「大丈夫ですか!」
パイプ椅子が数脚転がり、その横で政良にかかえられて、ぐったりと政江が目を閉じている。
左腕に当たったらしく、袖から肩にかけて真っ赤に染まり、血が地面に滴っていた。
「一応止血はしましたが、血が止まらないんです」
誠が不安そうに言う。誰かが呼んだらしく警官が駆けつけてきて、人込みを押しのけ始めた。
表の方は太鼓や笛の音にかき消されて声が届かないらしく、騒ぎになった様子はない。
「金田一、救急車は?」
「もう呼んだ。近くに医者がいるから、手当をしに来てくれるらしい」
「そうか」
政良は口をへの字に結んでいる。
「おい、どうしたんだこれは!」
政和がやってきて、政江を一目見るなり、
「何があったんだ!」
と怒鳴った。
「落ち着いて! 大丈夫です」
ゆさぶろうとするのを押し留めてそう声をかけると、政和は力が抜けたように座り込んでしまった。
「何か、あったんですか」
職人と共に美恵もやって来、目の前の光景に立ちすくむ。
「コナン君、ちょっと」
肩をたたかれて見上げると、明智が戻ってきていた。
「凶器はこれや」
服部が指す方向に目をやれば、二股になった枝の分かれ目に銃が括り付けてあった。サイレンサー
付だ。
「簡単に調べただけですが、このトリガー部分に巻いてある蔓が収縮すると発射される仕組みになって
いたようです」
ペンライトで明智が照らした。観察すると、熱帯地方に生息するツタの一種である。
「ある程度気温が低下すると、縮む性質を持ったヤツだな。これじゃあアリバイなんてあってもなくても
役に立たねー」
「せや」
服部がうなずいて、
「けど、狙われたのが誰か、言うのんは分かる」
誰だ?と目で問うと、一が、
「あそこは朝から政良さん達が休憩に使ってたらしいんだ。さっきの修理するところって、職人さん達に
譲って、自分達は外でいいからって言ってたらしい。だから、使ってたのは政良さんと政江さんだけだ」
「事件が起きた状況を詳しく説明して下さい」
ああ、とうなずいて服部が説明を始めた。
手伝いも終わってすっかり汗をかいた一同は、外に出て一息ついていた。パイプ椅子を服部達に
勧めて政良は裏口によりかかって汗を拭いていた。
その隣で政江もタオルで汗を拭いていたが、政良に「幕のとこへ行って飲み物を取って来いよ」と
言われて一旦は歩き出したものの、「疲れているから嫌だ」とちょっとした口論になった。そこで誠が
「僕が行きます」と椅子から腰を浮かせかけた時、政良が政江の肩をつかんで――「あっ!」という
声と共に政江が腕を押さえて倒れ込んだのだという。
「椅子は林の方を向いててんけど、俺らはびっくりして二人のケンカを眺めとったさかい、林の方は
見てへんのや」
やっと道路の向こうに救急車のランプを見つけて、一同は駐車場の方へ戻った。
医者と政良達が乗り込んでコナン達がそれを見送ると、なにやら辺りが火薬臭くなってきた。
あわてて辺りを見回すと、今まさにオロチが登場せんと、口の仕掛けから火を噴いているのだった。
まぎらわしいんだよ……。
思わず大きなため息が口をついて出た。
病院から無事の連絡を受けて、ホッと胸をなで下ろしたものの、事情聴取だの片付けだのに時間を
取られて気づけば日付も変わろうとする頃。
残っているのは職人達に美恵、誠くらいのものだ。
一は腕時計を眺めた。ジャスト午前〇時。
「大分遅くなってしまいましたね。良江さんが心配されているのではないですか」
明智が声をかけると、蛇腹を袋に詰めていた誠は振り返って、
「いや、連絡は行ってますよ――美恵」
「え? 私誠さんがしてくれたんだと思ってたけど」
「あれ、僕頼まなかったっけ」
「知らないよ」
あれだけの騒ぎだ。勘違いくらいやっても仕方がない。
明智の差し出した携帯を受け取って、誠は番号をプッシュし耳に当てたが、
「おかしいな。出ないです」
「寝てんのとちゃうんか?」
「寝てらしても、電話にはちゃんと出られる方ですけど」
美恵が首をかしげる。
突然明智が走り出した。コナン、服部もそれに続く。
一人取り残された形になって、あわてて一も走った。
「どうしたんです?」
誠が後ろから叫ぶ。
答えずに、走った。
如何に鍾馗大神の守護たりとも、数多のけん族を引き連れて、村々国々を馳け廻り、
かまどゝゝに押し入って幼き者は掴みひしぎ、老いたる者は踏み殺し、又元気盛んなる
者と見るならば、五臓六腑に分け入って、肝のたばねを喰ひちぎり、民をなやまし、
この国を魔国となさないで置くものか。