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「どうだった?」
「いや、やっぱムリやな。狙いをつけようにも、外から見えにくい分全然見えへん」
「そうか」
林から出てきた服部は、ズボンの汚れを軽く払った。例の仕掛けがあった方を振り向いて、
「こら、かなり前からあたりつけとかんと、急に思い立ったかて出来ひんで」
「ああ」
祭りがここであることは住民誰もが知っている。準備がこの裏でなされることも、一度見にきたら
分かっているだろう。
だが。
当日あの場所で政良達が休憩していたことは、その日でなければ分からない。つまり、その
光景を見ていなければ、彼らがどこに居たかなんて分かりっこない。
「おう兄ちゃん、昨日はえらい騒ぎだったな」
青いシートを引きずりつつやってきたのは、昨日服部に茶を差し出してきた職人だった。
「ホンマやでー。あないなことが起きるとは、思ってもみんかったわ」
「政良さんもかなり動揺しとんさったし。救急車が来るまで『馬鹿な』ちゅーて、何度もつぶやいとったよ」
「え?」
コナンは軽トラックにそれを積み込もうとしていた職人に走り寄って、
「おじさん、それホント? ホントに政良さん、『馬鹿な』って言ってたの?」
「ん? ああ。びっくりしたんだろうなぁ。声をかけても上の空で、おかしゅーなったんじゃないか、
ゆうて皆と話しとったけぇ」
「おじさん、ありがとう」
少なくとも、この事件の謎は解明した。いや、もしかすればすべてつながる可能性だって。
「どうやら今回は、同じ結論が出たようやな」
服部が見下ろしてそう言った。
あともう一つ、確かめたいことが。
コナンは服部に耳打ちした。よっしゃ、とうなずいて彼は、
「おっちゃん、一つ聞きたいねンけどな。政江さんと政世さんて、いっつも同じような服着とんの?」
「いやー、どうかな」
すっかりシートを積み終わって、上から押さえつけながら男は、
「呼ぶ人が困るけぇ、ゆうて大体違うようにしとったよ。リボンの色を覚えときゃぁ何着とっても
分かるしなぁ。美恵ちゃんか誠さんに聞いたらもっと分かると思うで」
「おーきに、おっちゃん」
服部が礼を述べる。
コナンは一足先に歩き出した。すぐに服部も追いついてきて、並ぶ形になる。
上り坂をゆっくり上がりながら、二人はどちらともなく顔を見合わせた。
「何て、悲しい事件なんだろうなぁ……」
「せや。俺もいろんな事件見てきたけど、こないなんは初めてや」
空はただ青かった。
コナンは初めて彼らをうらやましい、と思いさえしたのだ。
「ええと、それで、六時頃お弁当を取りにここへこられたのは間違いないんですね?」
「はい」
桜井署の刑事は汗を拭き拭き事情聴取していた。時折鼻をすすり上げる音が混じるのは、
目の前の三人に大いに同情しているからで。
殺人と名のつく事件が滅多に起こらないようなところでは、地域性からか温和な刑事が多い。
ましてやこんな地域密着型の警察にあっては、悲しみに暮れる遺族を前に平然と事情聴取する
ことなど、考えもしないだろう。
いや、まあ分かるけどな……。
そのおかげで話は進まず、三十分経ってようやく政江が狙撃される前後の状況にまで至った
のである。
一が横から口を出して脇道から戻さなければ、日が暮れても本筋にたどり着かなかっただろう。
「父は準備に忙しく、母が具合が悪くて夕食の準備が出来ないというので、職人用の弁当を注文
しておいたんです。それを取りに妹とここへ来まして、積んで公民館へ戻ったのが六時半くらい
だったと思います」
「その時、良江さんは?」
一の問いに、政良は首をかしげて、
「さあ……、下りてこなかったし、具合が悪いと言っていたので寝ていたのかと思いますが……。
まさかこんなことになるとは……」
その隣で政和がすすり上げた。彼にとっては二度も妻を亡くしたことになる。
「その後は、ずっと公民館の方に居ました」
「ははあ、成る程」
刑事が手帳に一生懸命書き込んでいる。初老の、いかにも好々爺そうな感じの男だが、性格も
真面目らしく、手帳をちょっと覗きこむと一言洩らさず書き留めてある。――最初の、お悔やみの
言葉まで!
「あの、話途中で悪いんスけど」
「はあ」
真っ赤な目で政和がこちらを見た。
質問をすることに良心の呵責を感じるが、真実は明らかにせねばならない。
「良江さんが、その……殺そうとする動機、見当がつきますか」
政和はしばし一を眺めていた。そして急に顔を手で覆うと、
「ワシのせいです……。忙しい、ゆうて家を空けとったけぇ、良江がそれほど政良らを嫌っとった
のも知らんで……」
一は黙ってため息をついた。どうもこういうのは苦手である。
明智さんならズバッと切り込むんだろうけどなぁ……。
隣の刑事は優しすぎてダメだし、と付け加える。
「……あの、憶測で恐縮なんですが」
政良が言った。「もしかして、母――あ、僕達の実母です――の死や、姉の死に関して、何か
やましいことがあったんではないでしょうか。それで僕達が何か探っていると勘違いして、殺そうと
したのでは」
「何故そう思うのか、ちょっと詳しく聞かせてもらえませんか」
刑事が身を乗り出した。
一も聞き漏らすまいとソファから身を起こし、そしてそれを見た。
ほんの一瞬ではあったが。
パズルのピースが一つ、しかし確実にはまった。
一は立ち上がって、外へ飛び出した。
「あーもう! 誰もいねーじゃんかよ!」
明智達は影も形も見えない。たぶんどこかで落ち合って、情報交換をしているに違いない。
砂利道をぷりぷりしながら歩いて行ったら、振り回した手が胸ポケットのペンに当たって、それが
大きく弧を描き飛んでいってしまった。
「あちゃー」
庭の隅に飛んだのを確かめて、あわてて追いかける。
ペンは、端からほんの一メートル入ったところに落ちていた。ただし、それを取ろうと思ったら、いろいろ
植えてある草花をかき分けなければならない。
「はいはい、ちょっと失礼ー」
手を伸ばすが、あと数センチ。
「も、もうちょっと……」
「何やってんの!」
突然の声にびっくりして、途端にバランスが崩れた。
「あいたー!」
結局地面に激突は避けられたものの、枝や刺に引っかけて顔は切り傷だらけ、左手にはつかんで
いた枝からもげた数枚の葉。
「やべ……」
「怒られるわよー」
美恵が立っていた。「ここ、勝手に入っちゃダメよ。葉もむしっちゃって」
「いや、ペンが飛んじゃってさあ」
右手でペンをくるりと回してみせると、
「えっウソ! ごめんなさい、そうだったの」
「いや、でもやっちまったのは確かだけど……」
今更くっつくはずもない。
「この月桂樹、政美さんが植えたものでね、政良さん達すごく大事にしてたのよ。ま、それくらいなら
大丈夫だと思うけど……」
「へぇー、これ月桂樹なんだ。初めて見たー。でも葉が少なくない?」
「政美さんがよく使っておられたから。亡くなられた後は、私が料理に使うくらいで誰も取らないから、
少しずつ生長してきてるわね」
ん?
「政美さん、何の為に植えたんだろ? そんなに月桂樹好きだったのかな」
懐かしそうに葉を触っていた美恵は、首をかしげると、
「さあ……大学の実験に使ってたのかもね。政美さん、大学院で植物学の研究してたから」
「そう」
もしかしたら。
その時一が考えていたことは偶然にも、数十分前、この向かい側の作業部屋で考え込んでいた
明智の問いに対する答えだった。
「あのなー、どーして俺を置いていくんだよー」
ぜーはーやりながら、一がやってきた。「あー、公民館の方へ行かなくて良かった。無駄足踏む
トコだった」
「っしゃー! 俺の勝ちや」
「しゃーねーな。ほれ、五百円」
コナンは仕方なく五百円硬貨を服部に投げてよこした。
明智が車でやってきて合流した後、ここではいくら何でもということで、先ほどまで井戸端会議の場と
化していたところへやってきていたのである。
賭けの対象は、一が公民館とここ、どちらへ先にたどり着くかで。
「で、当然何らかの収穫はあったのでしょうね、金田一君」
語尾を上げたところからして、ただ事情聴取に立ち会っただけでは納得しないという感情がこもっている。
素直に何か分かったかって聞きゃあいいのに。
大人げない意地の張り合いは、端から見ている方が楽しい。
そんなことはおくびにも出さず、「ごくろーさん」と声をかけて手招きする。
「一応情報交換と行こうぜ」
長い話になりそうだった。
見上げれば日は高く上っている。今ごろ田川家では仮通夜の準備でもしているだろうか。
「最後のトリックだけが解けないなんてなぁ……」
ジリジリとアスファルトの熱が、焦燥感を高めていくようだ。
これが解けんと、あいつの思うつぼや。何かとやらかしよってからに。
謎が明らかになるにつれて、服部の中で確信に近づいたことが一つ。
恐るべき悪魔の存在。
寒気すら覚える。
「おい服部、お前はどう思う」
ハッと我に返れば、車体によりかかったコナンがこちらを見ていた。
「え、あ、俺は……あちゃー!」
思わず手をついた路面の熱さに飛び上がる。
「これ、どうぞ」
差し出されたビニール袋を反射的につかむと、ひんやりと冷たい。
「あれ、おばさん……」
後ろで声がした。「祭りの前の日に西瓜くれた……」
「今日は」
目の前の女性は微笑んで頭を軽く下げると、
「暑いですね。アイスはいかが?」
ちょうど良かった。昨日からバタバタ続きで、ろくに食事をした記憶もない身としては、血糖値を上げる
ものが欲しかった。
「ほな、遠慮なくー」
「あ、俺もー」
コナンをジロッと見てあごをしゃくってやると、
「僕もちょーだーい」
とやってくる。しっかり服部の足を踏んづけた上で。
「何やねん! 気をつこたっただけやろ!」
「ありがとー」
本人は知らん振りしてアイスを受け取っている。
「お一ついかがです?」
そう言われて明智は笑顔を返し、丁寧に固辞した後、急に顔を引き締めた。
「ちょっと失礼!」
袋の中を覗きこむ。そして、携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。
「ええ、その場合は? ――成る程。間違いありませんね?
法廷でも証拠として提出可能ですか。
分かりました。――いえ、結構です」
通話を終了して携帯をしまいながら明智はつぶやいた。
「I've solved all the mysteries.」
服部ももちろん彼が何を考えついたかわかっていた。
見回せばコナンや一もうなずいた。
「さあ戻りましょう!」
明智が運転席に飛び乗る。二人もそれに続いた。
「あ、おばちゃん、アイス――」
礼を言おうとして振り向いたら、それきり言葉が出なくなった。
「んなアホな……」
この見通しのいい場所で、どこに消えたっちゅーんや。
「服部、行くぞ!」
鋭い声に叱咤されて、あわてて助手席に乗りこんだ。
シートベルトを締め終わらないうちに、車はA級ライセンス並みのターンで方向転換した。