多分花鳥風月金田一、コナン的読み物ページ小説置き場金田一vsコナン「透明な殺意」第六章1第六章2→第六章3




「そして誰もいなくなった、か……」
 あわただしく警官の出入りする屋敷を見上げて、コナンがつぶやいた。
 近所からも人間が押しかけ、そのセリフとは正反対の空気を醸し出している。
「気の滅入る事件だったなぁ……」
「そうですね」
 一の言葉に珍しく明智が同意した。
「けど、やることは残っとるでぇ。なあ」
 彼らは顔を見合わせてうなずいた。
「あの、本当にいいんですか、私達仕事しなくて」
 美恵と誠が困ったように立っている。
「仕事、ねぇ」
 金田一は首をかしげてそう言うと、
「おかしいと思ってたんだ。あのキッドのカードは」
「それを確かめるためにわざわざ変装までして。ご苦労様でしたね、怪盗1412号――いや、
怪盗キッド君?」
 美恵はええっと小さく叫んだ後、四人を見、ニッと笑った。その右手が跳ね上がると、
足元から立ち上った煙幕と共に、純白のマントをなびかせてキッドが現れた。
 月明かりを翔け抜ける、孤高の貴公子が。
 誠が慌てて数歩飛びのく。
「どうして気づいた?」
 コナンは肩をすくめて、
「カードが本人のものでないと分かった時点で。絶対確かめずにはおかない性格だろうなとは
思っていたけど、確信したのはその後さ。お前、俺が外見に合わない発言をしても、平気な顔を
してたからな。最初はうまくやり過ごしたつもりだろうが、つい油断したんだろ」
 返事の代わりにキッドは両手を挙げてみせた。
「何故私達にヒントを?  最初の事件の翌日、料理に使わなかった(、、、、、、、、、)月桂樹の葉を摘んでいたり、
祭りの最中私達と行動を共にしていたのも、事件を阻止するためだったのでしょう?」
 シルクハットに手をかけた。
「出来れば事件を阻止したかった。彼らの決意は見ていて痛かったですから」
 ふわり、とマントが広がった。
「運命は時として、我々の想像もつかない結果をもたらすものです。彼らの立場からしてみれば、
政子さんの元にいけた三人は幸せだったのかもしれませんよ」
 それは、キッドなりの慰めだったのか。
「そろそろ退場の時間だ。失礼」
 マントが数倍にも膨れ上がったかと思うと、煙幕と共にその姿はかき消えた。
「相変わらずキザな野郎だな」
 コナンはつぶやいた。
「問題はこっちや」
 服部は拳を握り締めた。
「ようも散々邪魔してくれたな」
 睨み付けると彼は否定せず不敵に笑った。
「政美さんの青酸は、その抽出方法までは書いてなかった。つまり青酸が空気に触れると無毒化
することを知らなかった政良さん達は、政美さんの死後二ヶ月経った毒をそのまま使ったことになる」
 コナンはじっと彼から目をそらさない。
「それで死亡することは有り得ません。ならば誰かが毒をすりかえた以外に考えられない」
「ボウガンを銃に変えたのもあんただろ」
 一が言った。
「何でテメーがかかわってやがる。地獄の傀儡師、高遠遙一!」
 コナンが人差し指を突きつけた。
 誠はすいと顔をなでた。その下から現れた顔は間違いなく――高遠だった。
「騙し通せると思っていたのですが」
「キッドのあのカードを見せる時、あんたこう言ったよな。『これが例の予告状です』って。あれっと
思ったんだ。あの文面はどう見たって予告状じゃねぇ。それをそう言えるのは、キッドのふりを
して出した本人だけ。そっから気づいてよくよくカードを見りゃ、あんたが好んで使う『マリオネット』と
いう言葉があった。大方、ついてたバラも血のように紅い色(、、、、、、、、)だったんだろう」
 だてにキッドと対峙してねーよ、とコナンは付け加えた。
「その様子からしてキッドとあんた、お互いの正体は気づいてたんだろ?  だから牽制し合う形に
なって、キッドも動けなかったんだ」
 一は一歩踏み出した。「何でこんなことをした!  あんたが手を出さなけりゃ政史さんだけでも――」
「忘れたんですか」
 高遠は静かに前髪をかき上げた。氷よりも冷たく輝く瞳が、指の間から覗く。
「私も、母を殺されたんですよ」
 ぴしりと殴られたかのように全員が押し黙った。
「私利私欲を捨て、大切な存在の為にその復讐を果たさんとする人間がいるならば、そして
その為に自らが血にまみれることも辞さないのならば、私は喜んで手を貸すでしょう。死んだ人間が
それを喜ぶか、と異を唱える人もいるようですが」
 そこでククッと高遠は笑って、
「死んだ人間が復讐を願っていないと誰が言えるんです?  私の母がまさしくそれだったでしょう。
奇麗事は陳腐な同情になりこそすれ、闇に沈んだ者の心など救えないのですよ」
「否定はしません」
 明智が口を開いた。「確かに奇麗事ばかりで事が済むのならこの世に犯罪など有り得ない」
「おい、明智さ――」
 何か言いかけたコナンを、手を挙げて遮って、
「しかし。貴方のやったことは、出口を無くしてさ迷い歩く人間に仮そめの出口を描いてみせたに過ぎ
ない。その悔しさが分かるならどうして自分と同じ迷路に突き落としたんですか!」
 一は、明智が本気で怒るのを初めて見た。いついかなる事件にも眉一つ動かさず、余裕の笑みさえ
浮かべてたんたんと解き明かしてきた彼が。
 高遠は意外そうに彼を見た後、
「私が唯一差し出した手を振り払ったのは彼らです。あの手紙を見ても彼らは動じることなく言った
でしょう。『心当たりはない』、と。あのカードを見た後なら、意味は分かっていたでしょうに」
「あン手紙のこと知って、政良さんらに見せたろ思てカードを出したんやな!  万が一俺らがここへ
来んでも、こんなカードが届いたゆーて警察へ届け出れば、自然手紙の存在が俺らから政良さんらに
知らされることになるさかい」
「ええ」
 冷たい風が吹いた。わずかな夏のなごりさえ消し去ってしまうかのような、この魔術師がまとうに
ふさわしい仮面。
「手紙の通り、荒ぶる神は誰にも止められなかった。ただ、それだけのことです」
 どうするつもりなのか、彼は何時の間にか路の縁に立っていた。下の畑まで数メートル。
「今度ばかりは逃がしませんよ」
 明智の持つ拳銃が彼の胸に照準を合わせる。
「日本の法律では確か、凶悪犯とは言え、無抵抗の人間に銃を向けることは問題となるはずですが?」
 無論、そんなことを本気で思っていないだろう。
 明智は答えない。そうならない抜け道を高遠も当然知っていることを理解しているからだ。
「高遠さん、一つ聞きたい」
「何ですか、小さな名探偵君」
 高遠は肩をすくめてコナンを見た。
「あんたの母親の事件、俺も新聞で読んだ。さっきあんたは、母親が復讐を望んでないはずが無いと
言ったが、それはあんたの手によってじゃなく、自分で、という意味にとれないか。――近宮玲子が
トリックノートに、あのノートを盗んだ者が復讐されるよう罠を仕掛けていたのは、あんたを殺人犯に(、、、、、、、、)
させたくなかった(、、、、、、、、)からじゃないのか?」
 一瞬の沈黙の後、彼はおかしくてたまらないといった風に笑い出した。
「君は金田一君よりも的確な考察をするようですね。ただ、肝腎なところで間違っている」
「何やと?」
 服部が眉を釣り上げた。
 そんなはずはない。
「そのトリックで一人が犠牲になったとしましょう。しかし残りの三人が幻想魔術団の看板を下ろすと
誰が保証できるんです?  遅かれ早かれ私に裁かれる運命だったのですよ」
 不敵に笑う悪の哲学者。
「人が人を裁く権利なんてない!」
 一が叫んだ。
「そうです。だからこそ、警察は厳格なる法律の下に機能している」
 銃口を微塵も動かさず、明智が言う。
「世の中がそう考える人間ばかりであれば、復讐劇など起こらないでしょうね。私利私欲で人を殺す
愚かなそれと違い、大切なものの為に復讐を果たすのは素晴らしいことですよ」
「高遠!」
 言葉を遮るようにコナンは叫んだ。彼が黙ったのを見、息をつくと、
「俺の知ってる法医学者はこう言ってる。『親が子を想う気持ちは、子が親を思うそれの比ではない』って。
俺はそれ、正しいと思う。だから、さっき俺が言ったことは間違っていないはずだ」
「……そういうことにしておいてもいいでしょう」
 高遠が、笑った。銃口を恐れもせずに。しかしそこにいつもの、世の中すべてを嘲笑うかのような
皮肉めいたものはなかった。むしろ、感謝の念さえあったように見えたのは、殺人者の心さえ救いたいと
願う、彼らの幻覚なのか。
「さて。いつまでも銃を向けられているのは私の主義に反します。この辺りで失礼しますよ」
 ドォンと地を揺さぶる衝撃に背を押されて、思わず彼らは振り向いた。爆風で一瞬視界が遮られる。
 大きく抉り取られた地面をさらけ出し、庭の一部が跡形もなく吹き飛んでいた。
「しまった!」
 すぐに視線を戻した明智が銃を構え直した時、犯罪芸術家は空気に溶け込んでいた。
 服部が走り出した。
「怪我人は!」
 腰を抜かして尻餅をついている警官を無理矢理立ち上がらせた。
「誰か、怪我をした人は!」
 近所の人間達を急いで遠ざけながら一もあたりを見回した。
 土をかぶった警官がぽかんと庭を眺めているが、視界に入る限り、傷を負ったものはいない。爆発が
上へ起きたため、泥や草花を跳ね上げる程度に留まったのだろう。
 高遠遙一、本当に恐ろしい奴だ……。
「やられた……」
 穴のあたりを調べていたコナンが言った。「月桂樹全部、きれいに吹き飛んだ。破片も残っちゃいねぇ」
 最後の証拠すら鮮やかに消し去って。
「これで、政良さんら、証拠不充分で不起訴や。この樹がなかったら、こっから青酸が取れるて証明
できひん。ドライアイスでアリバイが崩れることは証明できても、犯行可能であることを示す凶器が
無かったらお手上げや」
 服部がつぶやいた。
 悪の美学を語った彼は、もう一度手を差し伸べたのだろうか。
 焼けこげた木片を見下ろして、明智はふとそう思った。
 否、四人全員だっただろう。




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