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「もー、まいっちゃうわよねぇー」
チーズケーキをフォークでつつきながら美加は口をとがらせた。隣にはアリサ、向かい
側には不機嫌な顔でソファに寄りかかっている情報屋がだらしなく足を投げ出している。
「ウラは出てないから、本当に地なんだろうな」
法外な迷惑料をふんだくろうとする会社が、サクラを依頼人として派遣し、その会社での
勤務を希望させわざと首にすることが時々あるからだ。
「いるのよね、時々。どうやってもバイトに向いてない人間」
オーレから持参したコーヒーをカップに注いで情報屋に渡してやりながら、アリサが言った。
置かれているのはテーブルとソファという――フローリングに絨毯さえ敷いてない――、
必要最低限のものしかないこの部屋は、情報屋の家の一部だ。主に三人の会議室
代わりとなっている。他の部屋は立ち入り禁止だから――当然と言えば当然だが――
どうなっているのか美加は見たことがない。長年パートナーを務めているはずのアリサも
あまり入ったことがなく、「とにかく本があふれかえってる」としか分からない。
外見は木造二階建のアパートに見せかけられているが、中はどう改造すればこうなる
のか、というような間取りらしい。彼に関しては未だ不明な部分の方が多いだろう。
「おかげでここ最近携帯鳴るのが気になっちゃって。あいつのおかげで大恥かいたわよ」
えいや、とチーズケーキにフォークを突き刺すと、丸ごと持ち上げてかじり始めた。
情報屋が眉と口をへの字にして、「よくそんな栄養価の少ないものが食えるな」と文句を
言う。ジャンクフードと言えばいいのに、横文字が嫌いときている。仕事でも最低限しか
使わない。
「あらちょっと。うちのメニューにけちをつけるの?」
アリサが反論した。
「別に品が悪いと言ってない。さっきから何個も食ってることが問題だ」
しかめ面を崩さず指さしたテーブルには、ケーキにくっついていたアルミが幾つか
転がっている。全部美加が平らげたものだ。
「いーじゃない。おいしいんだから」
アリサがそれをくずかごにほうり込みながら言う。
「太るぞ」
途端にスポンジの塊が喉につっかえて、あわててミルクティを飲み干す。胸を叩いて
気道をやっと確保すると、情報屋は面白そうに眺めていた。
「やっぱり女にはこの一言が効くな」
「うっさいバカ。男女差別論者」
情報屋はプイとそっぽを向いた。反論するのが面倒な時にやるクセだ。このまま悪態を
ついても壁に向かって言うのと同じなので、デザートを楽しむことにする。
「で、結局彼はどこでバイトすることになったの?」
「Y下インポートだけど?」
「えっ」
アリサが情報屋と顔を見合わせた。同時にこちらを向くと、情報屋が「伽那を出せ」と
身を起こす。
アリサがすぐにテーブル上の物を脇へ押しやり、美加はその上に伽那を置いた。
情報屋の手によるこのパソコンは、市販品に独自の改良が加えられた特別製。プリンタと
併せて充電なし百時間連続使用可能で、もちろん搭載機能は最新の機種を上回る。
情報屋が開いて起動させた。テーブルの向こう側に回って彼の後ろからのぞき込むと、
登録先リストのウインドが開いた。
「――あっ」
思わず短い叫びを上げた。Y下インポートの名前横に、未確認を示す記号が入っていた。
つまり、最近登録されたばかりでアリサの手による裏が取れてないということだ。
「おい、一応大丈夫だとは思うがすぐに連絡してやめさせろ。――アリサ、お前は行って
くれ」
「ええ」
アリサがサッと立ち上がった。これからY下インポートに潜入するのだ。
「俺はスキャンしておく。――紹介屋」
情報屋が美加を呼んだ。
「あんなことは金輪際ごめんだからな」
美加は下唇をかんで大きくうなずいた。
唯一の失敗のことを指しているのは確認しなくても分かっている。
情報屋は過去に何があったのだろう、と思わせるくらい他人に興味を持たない。就職
希望や登録希望の依頼は必ず電話で済まし、自分のことを探ろうとする者は絶対に
許さない。だが、美加やアリサのことは口に出さないまでも我がことのように気遣って
いる。それが、仕事上のパートナーというだけでないことは何となく分かる。あれだけ裏の
依頼を引き受けながら美加やアリサに危害が及ばないのも、仲間として情報屋の名が
知れ渡っているかららしいのだ。
美加はまだ、彼の名を聞かされたことがない。本名はもちろん、裏社会の通り名も。
そんなことを考えながら、依頼人の情報が入ったファイルを探した。紹介した最新の
ものから入っているため、先頭に大村信也の文字が見つかった。
そこにある電話番号にかけてみる。
「はい、大村でございます」
女性だ。声のトーンからして、母親だろう。
「あ、あの、私同じクラスの後藤と申しますが、信也クン、帰ってますか?」
「あらー、ごめんなさい。信也、今日はまだバイトから帰ってきてないの。七時には帰る
って聞いてたんだけれども。どこかに寄ってるかも知れないわ」
腕時計を見る。九時過ぎだ。しまった!
「あ、そうなんですか。あの、えーと、学校からの緊急連絡網で、月曜日の数学が
古典に代わったって伝えておいて下さい」
「分かりました。ありがとう」
電話を切ると、情報屋は既に自室へ引き上げたらしく姿が無かった。
「覚醒剤ィィ?」
すっとんきょうな声が店内に響き渡った。自分では押さえたつもりだったのだがそう
でもなかったらしい。
幸い客はいなかったが、カウンターで洗い物をしていた庵が派手な音とともに皿を
落っことした。
「美加ちゃん……」
恨めしそうにこちらを見るのへ、左手でゴメン、とやってから、
「それであんた自身は無事だったのね? 分かった。じゃ、Y下インポートは取り消しという
ことで、新しいトコ紹介するから」
話を終えて携帯をテーブルに置き、美加はカウンターに近づいた。しゃがんで庵が元は
皿だった破片を拾い集めている。
「ゴメンゴメン、弁償するね」
「いいよ。それより覚醒剤って聞こえたけど?」
「そうなんだ。この前さ、何度かバイトをクビになった奴がいるって言ってたじゃない?」
「ああ、大村っていう子」
「そうそう。何か、バイトで届け物をしている時にうっかり荷物の一つを落っことしちゃったん
だって。そしたら包装紙が破けたんであわてて直そうとしてるうちにますますひどくなったと」
「……不器用なんだね」
庵が変な所に同情する。破片を集め終えて割れ物入れにほうり込むと、ホウキを
持って来てはき集めながら「それで」と言った。
「仕方ないから失礼を承知で開けて、箱の新しい物に詰め替えようとしたのね。ブランド
物のバッグだったんだけど、新品の割りにパンパンになってる。店の人が詰め物を入れ
過ぎたんだな、これじゃ新しい箱に入らないってんで、取り出そうと開けたらあーらびっくり、
テレビでよく見かける白い粉が出て来たじゃあーりませんか」
大阪のお笑い芸人のまねをしておおげさにジェスチャーしてみせた。
「帰宅時間が遅れたのはそれを警察に届けて、状況を説明していたからだって。
もー、家に電話したら帰ってないっていうからマジ、心配してたのに!」
そのままの口調で「パフェ頂戴ね」と言ってテーブルに戻ると、ドアの開く音がして
情報屋が入ってくるのが見えた。
「朝から珍しいじゃん」
カウンターに座った彼をそうからかうと、
「寝てないから俺にとっては夜の延長上だ」と屁理屈のような答えが返ってくる。ま、
いつものことだ。
庵が薄青色のコーヒーカップを彼の前に置いた。
「仕事屋は」
「あ、店長なら出掛けられました。昨日突然仕事が入ったせいで、オールナイト見損ねた
とかで」
情報屋が無言でこちらを見る。べぇ、と舌を出してやると「届けてビックリ、バッグから
シャブ発見。地方の盲点」と言われた。
「は?」
「今日の東スポの見出し。Y下インポートに捜査の手が入った」
「ありゃま」
「昨日あれから仕事屋が潜入したが、証拠は隠滅された後だったらしい。大村がなかなか
帰ってこない時点で気づいたんだろうな。多分警察が調べても何も出て来ないだろう」
「なーんだ、つまんない」
「そうでもないぞ。スキャンしたらとんでもないものが出た」
「何?」
「お前には教えてやらん」
からかうような口調だが、情報屋がつかんだことを教えない時は、知らない方が
いいという無言のサインである。首を突っ込むと危険だということだ。
「で、大村はどうした」
「警察の事情聴取が終わったのが十時で、一応会社に戻ったんだけど業務終了の
札がかかってたから帰ったって。これからここに来るって言ってたよ」
「そうか。なら俺は帰る。依頼人と接触したくない」
仏頂面で腰を浮かせかけるのへ、
「黙ってりゃ分かんないんだから見てけば。ホント、そそっかしい奴で笑えるよ」
カップに視線を落としたまま、ふん、と情報屋が鼻を鳴らした時だった。
「美加ちゃん!」
カウンターを素晴らしい跳躍力で飛び越えて血相を変えた庵が走ってきた。テーブルを
足で蹴り倒すとその陰に美加を引きずり込む。
ドアを思いきりけり飛ばしたような音が数回した後に、ガラスの砕け散る音が続いた。
頭上にバラバラと大小の破片が落ちてくる感触。
「待て!」
庵が素早く立ち上がると枠だけになった窓から飛び出していく。美加も後を追おうと
したが、すぐに思い直し携帯で通報する。
「ガラスを割られちゃったんですけど」と言うと「はぁ?」と声が返って来た。だってそれ
しか分からないんだからしょうがない。
「ProXXPを改良してあるな。反動が少ない割にマグナム並の威力だ」
情報屋の声が聞こえた。
「ナニそれ?」
振り向くと彼はガラス破片が散らばった床にしゃがみこんでいた。指で指し示された
ところを見ると、へしゃげた金属の塊が一つ転がっている。
「軍用銃の一種だ。その破壊力を改良して殺傷力を大きくしてある。これならずぶの
素人でも標的に当たる」
ということはこの目の前にあるのは弾らしい。しかし、どうしても元の形が思い浮かばない。
それを見ただけで銃の種類まで当ててみせるのだから、"情報屋"の名は伊達ではない。
まるで歩く図書館である。
「こんなものが手に入るようじゃ、世も末だな」
音を聞き付けてやじ馬が集まるのを眺めて、情報屋はうんざりしたように言った。
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