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すぐに警察がやってきた。犯人を捕まえ損ねて肩を落として戻ってきた庵が目撃証言を
している間、捜査の邪魔だからと店を追い出され、木陰で文句を言っている間にアリサが
帰ってきた。
目で合図するとうなずいて警官に歩み寄り、話し始めた。
ほどなく美加と情報屋はたまたま居合わせた客ということで帰宅を許され、店を
狙った犯行だろうということに落ち着いた。
「アタシに映画を観させない会でも発足したっての?」
美加を見てアリサが苦笑する。
「それより、次に入れるガラス、防弾にした方がいいわね」
「お前を狙ってたな」
情報屋がこちらを見た。「庵が庇わなかったら当たっていたかも知れん」
警察の調べで、盾にしたテーブルに一発めり込んでいたのが発見されたということだった。
ガラスで威力をそがれたのが幸いしたらしい。
何度か危険な目には遭ったが、ガラス越しに銃弾を撃ち込まれるのは初めてだ。
やっと事態が飲み込めてきた。
撃たれたのだ!
こんな危険と隣り合わせの日常に、平然と情報屋達はいたのか。そして、自分も。
うだるような熱気だというのに思わず寒気が背筋を伝った。
「やっぱY下インポート絡みかなぁ」
腕を組んでアリサがつぶやいた。
「それしかないな。お前達を狙う命知らずは、この業界じゃもぐりだ。大村のせいで一旦
取引を中止せざるを得なかった逆恨みだろう。――まったく。向こうも相手が誰かぐらい
教えてやればいいものを」
最後はつぶやきに近かったが、聞きとがめて見上げた美加から情報屋は視線を
そらせた。
「店長」
庵が駆けよってきた。
「今日のところは営業停止にしていいですか」
「そうね。三人共出掛けて構わないわよ」
「わかりました」
ふと美加は違和感を覚えた。
何か忘れている……。
「あ、美加ちゃん。大村っていう子が来たら悪いけど他で話してもらえるかな」
「そうだ!」
美加は飛び上がった。住所が学園通りの南端だったから、北端に位置するここへ
到着するのに徒歩でも二十分かからないはずなのだ。
時計を見ると、事件が起きてから一時間が経過している。
「何、大村クン、来る予定だったの?」
アリサが眉をひそめる。気づいたようだ。
「――裏の情報を当たってみよう。来い」
事情を察した情報屋が歩きだした。
「はい、わかりました。失礼します」
携帯を切って顔を上げるとアリサがこちらを見ていた。
「やっぱり帰ってないって」
会議用の部屋にかかった時計は午後四時を示していた。大村が家を出てから六時間が
経過していることになる。オーレに行ったとしても、美加の携帯番号を知っている以上確認を
してくるはずだ。
「目撃証言が出た。たまたま大村の家の近くを通りかかった奴が一部始終を見ている。
慣れた手口だったと」
情報屋が入ってきた。手に紙切れを持っている。
「それと、盗聴マニアが電波を拾ったらしい。内容からして、大村をさらって美保関方面に
向かったようだ」
「身の代金要求はしなさそうね」
「報復が目的だろうからな」
「アタシ達が、警察に届ける訳にもいかないし」
「……証人はすねに傷持つ身だ。絶対に名乗り出ないな」
しょうがない、とソファに腰を下ろした。美加の視線に気づいて、見るか、と紙を差し
出してきた。
今情報屋が言った通りのことが、電子メールの形で印刷されている。
「……おい、馬鹿なことを考えるなよ」
うかがうように情報屋が言った。
「行ってどうするの? あなたじゃプロには太刀打ちできないし、第一そこまでする義理は
ないわ」
アリサの瞳がスゥ、と冷たさを帯びた。
時折、二人との間に埋めようのない溝を感じることがある。メリットとリスクを天秤に
かけ、リスクの方に大きく傾けばたちまち興味を失う。火遊びを楽しむことはあっても、
絶対安全圏から出ようとしない。
そういう意味では、彼らは完璧なプロフェッショナルだ。確かにそうでなければ犯罪の
依頼など引き受けられないし、裏社会で生きて行けないのだろう。
「二人に迷惑はかけない。もともと私のミスだもの」
情報屋がため息をついた。
「だろうな。お前ならそう言うと思った。調べておいてやるから一旦帰れ」
「え?」
「報復と言っているだろう。口封じが目的ならその場で殺っている。第一今更封じたところで
手遅れだ。連れ去ったのならあと二、三日は大丈夫だ。……そうだな、臓器売買か
労働力あたりに使うだろうな」
「そんな……」
脳裏に、人の良さそうな笑顔が浮かんだ。
また自分は同じミスを繰り返すのだろうか。やっと幸せになれると信じたあの母親を、
同じ悲しみの底に突き落とすのか。
「別に入ってこいとは言わない。だがな、裏の世界ってのはそんなもんだ。読みの甘い
奴から消えていく」
重い足取りで出て行く後ろから、そんな言葉が追いかけて来た。
家に帰り着くと、この暑い季節だというのに背広をきっちりと着込んでいる男二人が振
り返った。チャイムを押そうとしていたところらしい。
「あの、何か?」
先に降りて来た若そうな男が、背広の内側に手を入れ、黒い手帳を取り出した。金色に
輝くマークとともに、島根県警の文字が入っている。
「後藤美加さんですね? 島根県警松江警察署の足立と言います。少しお伺い
したいことがあるのですが」
「いや何、大してお時間は取らせませんので」
ゆっくりと玄関に続く階段を下りて来た、中年の男が言った。目が笑っていない。
一瞬体の跳ねたのが分かったのだろう、二人が交わした目配せを美加は見逃さ
なかった。
誰だって警察と聞けばびっくりするよ。
少しムッとして伽那の入った背中のバックを抱え直した。
「恐れ入りますが署にご同行願えませんか」
「いいですよ」
軽く返事を返すと、拍子抜けしたのか足立があんぐり口を開けた。十七歳の女相手に
立ち回りでも予想していたのだろうか。
覆面パトカーに乗せられて松江署にたどり着くと、日曜である為かあまり人気がない。
テレビに出てくるような取調室に連れていかれるのかと思ったら、関係者以外立ち入り
禁止という貼り紙のされた部屋に案内された。入ってみると案外狭く、人が一人通れる
だけの通路を残して書類棚や机が配置されている。多分三十人くらいの課だろう。
どうぞ、と一声かけて二人がソファに座った。
「私は、生活安全課特別法犯捜査係の山本進です」
名刺をテーブルの上に置いた。肩書が巡査部長となっている。額の生え際が後退して
いるところが、少し前に大ヒットを飛ばした推理ドラマでよくおでこをはたかれる役だった
俳優に似ていた。
「同じく、特別法犯捜査係の足立満郎と言います」
こちらは巡査だ。ということは外見から判断してもまだ二十代後半。
どうでもいいことを考えていたら、山本が「さて」と切り出したのであわてて姿勢を正した。
「実はですね、先日Y下インポートという会社が、覚醒剤取締法違反で摘発されたのは
ご存じだと思うのですが」
「はあ」
まさかこっちに感謝でもしてくれるのだろうか。――そんなわけないか。
どうも好き勝手に考えるクセがある。
「結局かかわっていたのは幹部の人間でね、下の者は知らんかったんですわ」
出雲の出なのか、言葉自体はなまっていないもののイントネーションがきつい。
「一応会社の書類を調べていたら登録料という名目と十万を振り込んだ跡、それに携帯の
電話番号が出て来まして、調べたらあなたに行き着いたというわけです。――摘発の
元となったバッグを届けた人も、バイトの紹介元としてそちらの名前を上げられましてね。
不思議に思って調べてみるとまだ十七歳ということが分かった。こりゃ一体どういう
ことだという訳で訪ねてみたわけです。失礼ですが、お宅はどういうご関係で?」
美加自身はやましいことはしていない。しかし、情報屋やアリサのことを考えると
素直に仕事のことを話すのはためらわれた。時に非情な顔を見せても、大切な友達
であり仲間なのだから。
だが二人の様子からして、美加のことを調べた上で事情聴取しているのは間違い
なかった。いくら何でもいきなり未成年を下調べもなしに引っ張ってくるようなマネは
しないだろう。
じっと自分を見つめる山本の目は取り調べをしているかのような、一挙一動を監視する
光を帯びていた。
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